信仰は人の心を決定的に支配するものだが、支配と同時に、その人の心を最も助け、守るものでもある。何かを信じる心。それは何人にも侵されない。心の、個人の聖域だ。私にはそれがあるの?あなたにはそれがあるの?その世界を持たない人達が、自分と他人の境界に気付かずに、知らない間に誰かを侵して、一体化して罵り合っている。心の境目を持たないことは、自分も他人も、人も神様も、何も信じないでいるのと同じであるように思う。みんなにはそれぞれ、違うものが見えるのだ。