「普通」という言葉は、人にあまりよく思われない風潮がある。 「普通の人」なんて聞くと平凡で凡庸で、毒にも薬にもならないような、 無味乾燥、面白みのまったく無い人、と言うような印象を受ける。
けれど毎日普通に生きれるなら、一体どんなにいいだろう。
小さな頃は、幼い自我と自尊心で自分だけはきっと特別だという考え を持っていた。けれどその気持ちは、自分だけではなく、他の人にようやく 目が行き始めた頃に、今度は自分の浅はかさに対する羞恥心に変わった。
それ以来、「普通」に生き、「普通」に考え、「普通」に行動する 事を目標にして努めて自己について考えてきた。 けれど普通に毎日をやり過ごすには、心に余裕が無ければ出来ない。 「普通」の余裕が持てない人には、何事も普通に行えないのである。
勿論「自分は普通の人生でいいんだ」なんて、半ば諦めのかかった生き方 ではいけない。それは、本当は上昇志向のある人が、それを出来ないから そう言うだけだ。私の思うのはそう言うものではなく。 「毒も薬も必要ない」ような人生を送りたい。
毒が必要になる程健全すぎる事も無く、薬が必要なほどに劣悪でもなく、 自分で作り上げる自分の中の波みたいなもので、アップダウンし、試行錯誤し、 喜んだり哀しんだりしながら、生きたいのである。
一見普通のそういう生き方は、実はとてもとても難しくて、未だに、そして 多分一生、「普通」が完結はしないんだろう。先はおぼろげで、とても 遠い道だ。
|