人の心を最も傷つけるのは、言葉だと思う。
人の心を一番動かす事のできる物。
彼の言葉は、私の精神的に敏感な部分をざらざらした舌のように逆なでする。
同じように、私の言葉も、彼の心を細く、それでいて重厚に締め上げるのだ。
それは、一番エロティックで残酷な仕打ちだと思う。
幸いなのか不幸なのか、私と彼は、あんまり言葉を掛け合わない。
お酒を飲んで酔った時に、お互いの友人や知り合いを間に置きながら
少しの会話をするくらいで。…だから、電話をしてもあんまり話すこともない。
普段は一緒にいても、必要事項を話したりするだけで、大事な事なんか
何も言わない。私と彼の間にある、大事なものと言うのは、言葉の
キャッチボールや、意味のある会話ではなくて、それによる心の動かし合い
なんかでも無くて、何も言わないでお互いの身体に触れることだ。
あとは、少量の意味の無いギャグの行き来や、くだらないテレビゲームの
進み具合を話すくらいで。
それだけで、充分だ。だって、他に欲しい物なんてないんだもの。
言葉の威力をかりて、心を動かさなきゃいけないふたりなんて、
なんだか悲しいようにも思えてくる。
私は、クマのプーさんの一番最後の章で、クリストファー・ロビンが
プーに話す内容が、とても印象的で、好き。
「あのね、プー。これから僕がここに来なくなっても、君は“何もしない”
ってことをしていてくれる?」
「一番好きなのはね、誰か大人に、今日は何をするの?って聞かれて、
“何にも”って答えて外に出ることなんだ」
確かそんな事を言っていた。小学校にあがったら、“何もしない”でなんて
居られないからなんだよね。それは、大人になることでもあるし、
子供でなくなっちゃう、子供の自由さから離れて暮らすことでもある。
よく、子供の心を失わない人が好き、なんて言う人が居るけど、ずっと
子供でいられる人なんて、普通居ない。だれでも、いつかは大人に成るし、
大人になったら、色々な事に制約されて生きて行かなくちゃならない。
人はそのうち、感動したり、心動かすものですら、自分で作為的にこなさなきゃ、
涙もでないし、感動もしないようになって行っちゃうんだ。
それが嫌だから、せめて、言葉の威力をもってして、心を作為的に動かす
事はしないで置こうと思う。
とりわけ、一番側に居て欲しい、愛する人には。
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