もやもやの正体 - 2001年05月02日(水) ここのところ眠りがもやもやとして浅い感じがしてならなかった。 モウが帰ってこなくなった時、そのことが気になっているからだと 分かっていた。がモウが死んで見つかって、痛みが強かったけれど、 もう帰ってこないのだ、と分かった。だからもやもやから解放され ていいはずなのだが・・・、ずうっと眠りはもやもやとしている。 昨夜それが明確に現れた。 パソコンだ。夢のなかでキィを打ってる感覚がずうっとあった。 目が覚めて、(アイツかぁ・・・、やっぱりな・・・)と思った。 昨年の10月にHPを開設したのだけど、準備を始めた夏ごろから、 このパソコンはずううっと重いものになっている。 何より実際に家事の合間、介護の合間、動物の世話の合間、執筆の 合間、つまり休むまもなくこれに向かってきたから、この作業から くる疲れや肩のこりは当り前といえば当り前だ。 私は結構回復力があるから、なんだかんだと言いながらすぐ回復す るし、ダメージを払いのけられる。その繰り返しだったのだ。 それがやはりもやもやの夢とも現ともつかぬ形に現れ出したか・・ ・とまれ、少し違うぞ。・・・このもやもやは単純なそうした疲れ からだけではないぞ。 パソコン特にHPをはじめて、まるで手品の種明かしを見るような 感覚がある。・・・ここに見えることの”ショック”が、もやもや 夢になっているのだ。 そう、HPを通していくつもの欺瞞のベールがとれた。自己のこと は勿論、他のいくつかのことも、だ。これはやはりショックだ。 ショックといっても悪い意味ばかりではない。 ”知る””わかる”ということは、何も悪いことではない。 知らない方がよかったということは、日常にしばしばあることだけ ど、知ったことに支配されなければ、やはり知ることは必要なこと だ。 パソコンも夢も、私にはいい通信なのだと思う。侵させない限りね。 -
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