一橋的雑記所
目次&月別まとめ読み|過去|未来
※ホントは、090111.
続くかどうかは、不明です(えー)。 例に拠って、良く似たお名前とお仕事をお持ちの二人のお話。 時間軸は、08年夏前。
理由なんて知らないし。 分からない。
ライヴまでは超タイトだったスケジュールが通常モードに戻ったお陰か。 いままでは後回しになってたこととか。 後は、ご飯を炊いたりお料理もどきなことをしちゃったり出来る位には。 余裕出てきたかなあとか思っていたりしていたのは、ほんの僅かな間で。 気付けばふと、独りきりの部屋のソファの上で。 膝を抱えて座り込んでいたりする。 スケジュールが通常に戻ったってことは。 あの子と逢える機会だって、少しは増えたってことでもあるのだ、けれども。 その事に思い当たるとなんだか余計に。 瞼が重くなって、何にも考えたく無くなってしまうのは。 どうしてなんだろう。
― Your melancholy. ―
いつまでも仏頂面をしていてもどうしようもないことなんて分かってる。 思えば随分と長い付き合いになるその人は、困ったような顔で笑いながら、でも、間違いなくどこかで高を括っている。 こういうの、見透かされてるっていうのかな。ちょっと腹立たしいけれども、でもホント、こればっかりは、仕方が無い。 いくらお仕事でもやってやれない事なら断固として拒否するけれども、やってやれない事じゃないって、もう分かってるし。 ただ、話が話だけに、避けて通れない部分があって、それが、あたしの気持ちを酷く重くしていた。
「今日は溜息多いですねー」 「お疲れなんですよ、ライヴ後だから」
事情を知らない筈は無いのに、いつもより少し広めのブースに集ったいつものメンバーが気遣うように、でも面白そうに声を掛けに来る。それも、次々と。 ホントに、もう。
「だめー、今日は何読んでも頭に入んないー」 「んじゃ、それで行きましょう今日は」 「……ゆかり、ほんっとーにそうするよ?」
良いですよ、と半笑いで台本にメモを書き込む作家さんの頭に、本気で自分の台本を投げたいなあなんて思ったのはここだけの内緒。自分が先に幸せ掴んだからって、浮かれちゃって。
「もーっ! ちょっときゅーけーいっ!」
とっくに打ち合わせ自体は済んでいたからわざわざ宣言する必要もなかったんだけども、そう叫んでから席を立つ。 足音を心持ち高く立てながら歩く。ろそろ今年は履き納めかなあと思う、頑丈な編み上げブーツがいつもより重く感じてまた溜息が零れる。こめかみに熱が集まる。体調はそれほど悪い訳じゃない。でも、ちょっと、イライラが酷い。 だからかな。
「あ。」 「あれっ?」
ベンダーコーナーに近づくまで、そこに佇む存在に全く気付けなかった。
「ゆかりさんっ」
真っ直ぐな笑顔で駆け寄ってくるあの子の足元も、踵の高い頑丈そうな皮ブーツ。だけどもその足取りは迷い無く軽やかで。
「おはようございます!」 「ん、おっはよー」
今日は取材関係のお仕事は無いのか、いつも以上にナチュラルっぽいメイク。相変らずきらっきらな笑顔はだから、ちょっとだけ幼く見えるのに何故かどこと無く落ち着いても見えた。 この年末年始に掛けて何かしらの山を越えちゃって、その上、次の山場が直ぐ近くに待ち構えているからなんだろうな……なんてことをぼんやりと思う。同時に、ずるい、とか思っちゃってる自分に気付いた瞬間、こめかみに蟠った熱が更に上がった気がした。 やれやれ。
「この時間に逢えるなんて、今日は早かったんですね」 「んー、ちょっとねー」
元気一杯な声をいつもどおりの調子で聞き流してみせながら、目の前の赤アンプの灯ったボタンを幾つか見比べた後、ミルクティーを選ぶ。いや、選んだつもりだった。
「……あちゃー……」
間違えた。
「あれ? ゆかりさん、いつから珈琲飲めるように?」 「……これ、要らない」
全く悪気の無いその顔目掛け紙コップを突き出すと、あの子は反射的に手を出しながら仰け反った。
「え? あ、ちょ、あの?」 「リベーンジーっ」
自分でも良く分からないまま叫びながらもう一度、今度は慎重にボタンを選んで、事無きを得る。あの子はと言うと、押し付けられたカップを両手で包み込んで小首を傾げたあと、何を思ったのかそれを近くのテーブルの上に置いて、肩から下げた鞄の中ををがさごそ探り始めた。
「あったあった。ええと、はい、これどうぞっ」
差し出されたのは、指先で摘める程度に薄くて平べったくて小さい、けれども綺麗な包装紙に包まれた何か。
「なに、これ?」 「フレーバーチョコです。ちっさいですけどすっごくフルーティーですっごく美味しいんですよー」 「へえ……」
笑顔に押されて反射的に出した手に乗せられたそれをまじまじと眺めた後、色んなチャームとか缶バッジとかついてて可愛いのに、中身詰め込まれ過ぎてぱつんぱつんになってるあの子の鞄へと視線を逸らす。
「四次元ポケット……」 「はい?」 「んーんなんでもない。ありがとー」
どうにも思ったことがそのまま口を付いて出るのはあの子の前でのいつもどおりなんだけど、われながら切れがないと溜息をつきながら、手近なベンチに腰を下す。ミルクティーをテーブルに置いて、両手を使ってゆっくりとチョコの包み紙を解く。途端に香る、甘くてほんの少し酸っぱい、ベリー系の香り。
「ホントだ、良い匂いがするー」 「でしょ? それはブルーベリーですね。他にも、ほら、」
思わず上げてしまった声に無邪気に微笑み返しながらちゃっかり隣に座ると、あの子は再度鞄を探り、目の前のテーブルの上に更に三枚、色も絵柄も違うチョコを並べてみせた。
「これはミントで、これはラズベリー、それからオレンジかな。ホントは他にも幾つかあったんですけど、すみません、食べちゃいました」
ぺロリ、と小さく舌を出すその仕草は相変らず小動物っぽい。
「で、残り全部ゆかりにくれるの? 相変らず太っ腹だねー」 「でしょ? ……なんちゃって。お裾分けです、実は、差し入れに頂いたんです」
差し入れ、と聞いて、口元へとチョコを運びかけていた指先が止まる。さっきあったあの人は何て言ってたっけ。
『奈々ちゃんも一緒やし、安心やろ?』
「……もしかして、みっしー?」 「あれ? 何で知ってるんですか、ゆかりさん」
しまった。 うっかり滑った舌を誤魔化すべく、チョコを口の中に放りこむ。 多分、この話はまだ、あの子には届いていない筈で。
「てか、DVDの打ち合わせとか、だったの? 今日は」 「あー、はい、私の方は。それと、夏のライヴの件とか……ゆかりさんは?」
間近な場所からきらっきらの眼差しで見上げてくるあの子を見返しながら、口の中のチョコをもごもごと咀嚼することで返事を保留にする。
「あ、もしかして、ゆかりさんもライヴDVDのお話だったとか?」
やっぱりまだ聞いていなかったらしいその様子にちょっとだけほっとして、「どうかなー」なんて呟きながらチョコを飲み下す。甘苦いチョコが舌に絡みつくのも、ベリーの香りが鼻の奥を強く刺激するのも、美味しいけれどもちょっとだけ苦しい。ちっさいのに自己主張激しいなんて、まるで誰かさんみたいだ、そんな事を考えながら、ミルクティに手を伸ばして冷めたそれを一気に飲み干した。
「……つか、DVDになんか出来るのかなーあれ」 「えー、私は是非、観たいです、ゆかりさんのライヴ」 「観せるだけのならあるけど。スタッフさんが撮ってくれてた奴、でも――」
出来ればそれもどうかな、と続けかけたのに、あ、それそれ、とあの子は大きな声を被せてくる。
「それも勿論、観せて頂く予定ですけど! やっぱり、ちゃんとした形になったの、みてみたいじゃないですかー」 「……ええと、なんでそっちが勿論なの?」
しまった、みたいな顔してあの子が口を噤んだ。あの野郎、いつか締めてやる、なんて物騒な事考えたあたしに気付いたのか、慌てて両手を振ってみせる。
「や、私が三嶋さんに頼んだんです。だって、ゆかりさん……呼んでくれなかったですし」
焦りの余りにか変形しそうなくらいカップを握り締めながら、あの子は困ったような顔になる。
「いえ、あの、ファンの人以外にチケット回すの嫌なんだろうなって……前々から思ってましたし、多分今回も駄目だろうな、ってわかってたんです、けど。でも、この前のラジオとかのお話聞いて、なんていうか、その、ちょっとショックだったっていうか……」 「ショックって、なにが?」
聞き返しながら、その理由は実は分かっている。 この前ラジオで、今回のライブにも誰も呼ばなかったとか、過去に何度かだけ事務所の後輩の子を招待したことがあった、なんて話をネタにした。あの話には、もうちょっと何ていうか、別の意図もあったりなかったりしたんだけど。てか、あの子があたしのラジオをこんなにちょくちょく聴いてるらしいこと自体、ホントは凄く、なんていうのか、嫌、っていうか、困る、みたい感じなんだけど。 けどでも、あの子はそんなあたしの内心なんてお構い無しに、続ける。
「今度のライヴだって、そりゃ、お仕事入ってましたけど、でももしも万が一にでも呼んで貰えてたなら、何が何でも駆けつけたと思いますし、」 「ちょっと待ってちょっと待って! さすがにそれは無理でしょ」
仕事の都合つけてまで、なんて、ホント、冗談でも勘弁して欲しい。 力一杯否定するあたしの突然の大声に、ぎょっとしたようにあの子が振り返る。驚いたようなその眼差しに向けて、あたしは考えるよりも早く、次の言葉を口にしていた。
「ていうか、ゆかり、奈々ちゃんだけは絶っ対、呼ばない」
言い切った、瞬間。 あの子の目が、物凄く大きく、見開かれた。 怖いくらいに。 だから、あたしも、怖くなった。 胸が変に、ドキドキして、止まらなくなった。
「……絶対……って……、」 「え、や、あの、DVDとかなら観てくれて良いよ勿論全然、でも、ライヴだけは絶対、無理」 「あ、あの……ゆかりさん、なんでそんなに……」 「なんででもっ」
被せるように叫ぶと、あたしは立ち上がった。 他の誰かに説明できるような理由なら。 幾らでも並べられる。 でも。 あの子に対してだけは。 言葉にして説明なんて、出来る気がしない。
「じゃ、ゆかりお仕事に戻るからっ」 「え? あ、ゆ、ゆかりさんっ!」
あたしに追いすがるようなあの子の声を振り切って。 あたしは駆け出した。 折角もらったチョコレートを置き去りにしてきたことに気付いたのは、ブース近くで足を止めた、そのずっと、後のこと。
今日はホントに、どうかしている。 結局、痛む頭と胸を抱えてぐだぐだ状態のまま収録は終わった。あたしのコンディションを分かっくれてるというか、勝手知ったるスタッフの皆は寧ろ、そんな状態を逆手に取るように盛り上げてくれたけど、なんていうか、だからこそ、余計に辛い。 ブースを出た後、反射的に電源を入れてしまった携帯がゆるゆると揺れる。開くまでもなく、あの子からだと分かってしまう。でも、確認する気にはなれなくてそのまま鞄に仕舞いこんだ。 今日はこれでお仕事終了。このまま、お家に帰ろう。 明日の午前休も、寝て過ごそう。 もう、何も考えたくない。 ぐちゃぐちゃだった。
「あっれー、もう上がり?」
定まらない気持ちのまま廊下を歩いていたら、かつーんと届く声に背中を叩かれ思わず振り返る。
「あー、ますみんかー」 「かーって何よ、かーって」
勢い良く駆け寄ってきたのは、これまた結構長い付き合いの同業者。 というか、多分、お友だちって呼んでも構わない相手だった。
「ライブおつかれーってこれもう言ったっけ?」 「んーん、聞いてない」 「良かったー。んじゃ、ライブお疲れさまっ」
傍若無人に見えて結構折り目正しいというか生真面目なところのある彼女は真顔で一礼すると、ん?と軽く眉根を寄せた。
「なんかホントに疲れてるっぽいけど。なんかあった?」 「別にー」 「うん、まあ、ゆかりんは基本、いつも疲れてる感じなんだけど、」
今日はちょっと違う感じ、とか言いながら首を捻っている。
「ライブ終ったから、ちょっとは元気になってるかと思ってたんだけどなー」
んんー?って分かり易く眉を顰めてみせる彼女に、あたしはなんと返したものか分からなくて曖昧に笑ってみせた。
ラジオとかでも日常でも、こんな感じである意味フリーダムな言動を隠すことの無い彼女だけども、その容量のおっきそうな頭脳は常に自動的に高速回転している、そんな気がしてならないから、裏も表も無くさらっと零されるその言葉に、あたしはいつものように動揺して曖昧に笑うしか出来なくなる。
「もしかして、なんか新しい仕事でも、決まった?」 「えっと、ま、そんなとこか、な」 「相変らず人使い荒いなーゆかりんとこ。稼ぎ頭だから、ま、しょうがないんだろけど」 「えー、ゆかり、そんな稼いでないよー。少なくとも、ますみんが喜ぶほどには」 「ははは、あたしはあたしの懐に入らないお金の事では別に喜ばないっ」
軽い笑い声を立て、冗談何だか本音何だか分からない感じでさらっと返すと、ふむ、と彼女は腕を組んだ。
「ま、ともあれ、体が資本だからねー。お仕事終わったんなら早く帰ってゆっくり休むと良いよ」
「ありがと、ますみんもね」 「やー、あたしはまだこれから打ち合わせだし。っつーか、毎週土曜夜生放送ってホント、きっついわー」
ははははは、と真っ直ぐな笑い声と共に零された愚痴に、あたしの胸が勝手にどきっと跳ねた。 8月最後の土曜日。 多分、首を縦に振るしか残されていない選択。
「あ、そうそう、」
じゃあ、って行きかけた彼女が、くるん、と器用に頭だけで、ぼんやりと佇んでたあたしを振り返った。
「なんかほっちゃんがね、この夏、おっきなお仕事することになりそうって言ってたよ。ほら、例の
愉快なバンド絡みらしいんだけど。詳細は本人に訊くと良いよ」
しかし忙しいのは結構な事だよね、なんて言って、じゃあねとさっさと背中を向けた彼女を見送るあたしは、その言葉を何度も反芻するうちに、さっきの比じゃない位の痛みを胸の奥に感じて。 息さえ忘れて、その場に立ち竦んでいた。
風邪かな、それとも目眩のせいかな。 自分でもどうしたものか分からないぐらぐらとした熱をこめかみから頭の天辺に掛けてのあちこちに感じながら、駅を目指す。 まだ早い時間だから、電車を乗り継いで帰ってもそんなに人ごみに揉まれる事もないだろう。そう思って表通りに面した交差点で信号待ちをしていた時だった。 直ぐ脇に停車した黒っぽい、ちょっとごつい輪郭の車が唐突に短くクラクションを鳴らしたものだから、どきっとする。思わず反射的に目を向けたら運転席の窓ガラスの上半分に濃い目のスモークが掛かっていて、それが何だかちょっと柄が悪そうで、慌てて視線を逸らした。 その瞬間、再び短いクラクションが鳴り響いて、更にびくっとした。 何が気に入らないのかな。 分からないから酷く不安で、早く信号が変わってさっさと走り出して欲しい、そう思った時、その車があたしの方へと車体をゆっくりと近づけてくるのがわかってぎょっとなる。正確には、路肩に路駐でもしようとしているのか、ウィンカーを二つともちかちかさせて、路肩に車体を寄せてきたのだった。 次の瞬間、待ち望んでいた青信号が、あたしの真正面で灯ったから、慌てて足を踏み出そうとしたその時。
「ゆかりさんっ」
その、一見柄の悪そうな車のドアが素早く開いて、聴き慣れた、でもちょっと慌てた感じのあの子の声がそこから飛んできて。 あたしは、ものすごく、間抜けな顔をそちらに向けたに、違いなかった。
まさかの容量オーヴァー(えーえー)。 翌日分に、続きます。
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