一橋的雑記所

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2003年02月21日(金)




物凄く、意外だった。
あの、祥子が、あんな(失礼)平凡な子に。
ああも、惹かれて振り回されているという、事実が。






ついうっかり、思い出し笑いを漏らしてしまったようだ。
怪訝そうに、それでいて、何もかも承知しているように。
紅薔薇の名を冠する親友が、そっと眉を顰める。


「何、考えていたの?」


どうせ、碌でもない事でしょうけれども、といった風のため息すら。
今の自分には、何だかとても、心地良い。


「べーつにー。それよかさあ」


お返しに、にやりとばかりに、口角と眉を引き上げて見せる。


「随分と、楽しくなってきたと思わない?」


何が、と言いたげな彼女は、それでもきっと全てお見通しで。


「……まあ。祥子が選んだ結果だもの。今度こそは、大丈夫じゃない?」


微笑みの中に寸鉄を含ませたその表情を。
こちらとしては文字通り、眩しいものを見る時のように、目を細めて見やるしかない。


「その節は、紅薔薇さまには多大なるご迷惑を」


わざとおどけて言ってのけたけれども。
それすら、彼女には、すっかり想定内の反応に違いなく。
その事を裏付ける、彼女の頬にうっすらと浮かんだ苦笑いから何とはなしに目を逸らしながら、席を立つ。


「あら、白薔薇さま、どちらへ?」
「ちょっと外の空気を吸いに」


今日は定例の会合がある予定で、でも今は。
割り当てられた掃除が思いの外早く終了した彼女と。
このやる気のなさを理解してくれているらしい級友たちに送り出された自分しか居ない。
その事に特に何か思う所がある訳ではなかったけれども。
引き止めない彼女の視線が、手元の書類に落ちるのを確認して。
扉を開いて、外へと向かった。

薔薇の館を出て直ぐの中庭にも。
勿論当番を割り当てられた子羊たちがいる訳で。
はにかんだように、それとも、おっかな吃驚といったように。
ごきげんようを繰り出すそんな下級生たちに愛想良く返礼しながら。
この足は、いつの間にかすっかりと陽の熱を留め切れなくなりつつある煉瓦敷きの小道をふらふらと巡り巡って。
気付けば、講堂を回りこんで裏門へ向かう銀杏並木の辺りに辿り着いていた。
一体、いつ頃からこの地所に植え込まれ根を張り葉を生い茂らせてきたものやら。
少なくとも、自分が生まれる前から此処に生えていたのだろうなとどうでもいい検討を付けていたら。
見覚えのある背中が、不意に、目に止まった。
今時、めったな場所ではお目に掛かれない竹箒をゆったりと使い。
時折、身をかがめては何かを拾っている、体操服姿。

「大漁ー?」

前置き無しに投げ掛けた言葉に、一瞬動きを止めて振り返る。

「お姉さま」

微笑むその手には、竹箒と、本来はゴミを掴み取る為のものであろう火バサミと、随分頑丈そうなビニール袋とがあって、思わず苦笑する。

「もう、そんな季節なんだねー」
「ええ、学園祭も終わりましたし」

悪びれる事無く受け答えする彼女が、趣味と実益を兼ねて環境整備委員などという役職を高等部に進学以来務め続けているなんて。

「ファンが知ったら泣くかな?」
「……はい?」

選りすぐりの銀杏で一杯になった袋の口を厳重に縛りながら、小首を傾げる彼女に、軽く頭を振って見せる。
銀杏なんて、彼女の自宅である由緒正しいお寺さんの境内に植わった、樹齢数百年の公孫樹の雌株の足元には幾らでも転がり落ちているだろうに。
彼女は、このリリアン女学園に進学して以来、敷地内の公孫樹の樹に出来るだけ近い場所に居てこうして。銀杏を拾い集めていたのだ。

――縁日があるんだ。

と。
遠い声が耳元で、教えてくれる。
その境内にささやかな屋台が立ち並び、本道近くの店では毎年、銀杏を炒ったものを売っている。それがとても美味しいんだ。

「……お姉さま?」

訝しげな声に、意識を呼び戻され。
軽く、頭を横に振る。

「後、どれくらい掛かりそう?」

わざとおどけて言葉にすると、律儀な妹は手首を返し掛けて一瞬、戸惑った様子を見せたので。その目の前に、右手首に掛かった古風なデザインの腕憧憬を差し出してあげる。

「……4時に一旦集合して、それから、薔薇の館に参りますから」

ほんの少しだけ視線を逸らしながら答えた彼女に、軽く頷いて身を逸らす。

「じゃ、あっちで待ってるから」

言い置いて踵を返す。
その背中に、何故だろう、今日限って。
彼女の視線を重く、強く、感じていた。





続きますです。


一橋@胡乱。 |一言物申す!(メールフォーム)

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