一橋的雑記所

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2003年02月14日(金) ブランク(表からお引っ越し/何)。

だもんで。
ちょこちょこっと、リハビリ中……(伏し目)。


さて。
何処にたどり着けるものやら。





 土曜日とはいえ、期末テストの真っ最中だし。
 取り立てて用がある訳でもないしで。
 終業の鐘を聞いて直ぐに鞄を担いで廊下に出た所で。
 見慣れた涼しい顔にばったりと出会ってしまって、正直鼻白む。

 「何?今日って、何かあったっけ?」

 本日初めて会ったにも関わらずわざと挨拶抜きで言葉を投げつけてみる。
 勿論、そんな事くらいで、彼女の鉄壁の笑顔は崩れない。

 「あるわよ」

 これまた挨拶抜きでさらりと返しながら、わざとらしいため息まで零してくれる。

 「あなたの事だから忘れてるとは思っていたけれどもね」
 「何を?」

 言葉とは裏腹な笑い含みの言葉に心の何処かを引っ掛かれつつも、自分が何を忘れているのかは思い出せない。

 「今日は、何日? この前、約束したじゃない」

 少し低いところある目線が、だのに、頑是無い子どもを見やる大人びた色を含んでいるのがほんの少し気に障ったけれども、してもいない「約束」を持ち出す相手では無い事だけは確かだから。
 今日……と手首を返して腕時計の文字盤を眺める。小さな窓の中には、「7」の文字。

 「……あ」
 「5時に、K駅前でしょ。遅れないようにしてね」

 約束の内容を思い出させる事だけが目的だった彼女は、綺麗に切り揃えられた髪を頬の横で軽く揺らせながら踵を返し、周囲を流れる同級生たちとにこやかに挨拶を交わしながら去っていった。




 数年前に父が起業してから何かと慌しい私の家からは、家族の誕生日以外の年中行事に関わるイベント事はすっかり姿を消してしまっている。今夜も、両親は揃って仕事の為に遅くなる事がずっと前から決まっていた。だからというのではないけれども、期末テストが始まる前の最後の会合の帰り道、彼女から受けた誘いを軽い気持ちで受けたのだった。
 その事実すら僅か一週間足らずで忘れる自分にも呆れたが、そのことを見越して当日最終チェックを掛けてきた彼女にも、心底呆れた。

 「期末テストが終わった訳じゃないのに、大した余裕ね」

 待ち合わせの場所に着くなり、またしても挨拶抜きで言葉を投げつけた私に彼女は、今度は微笑みと共に「あら、ごきげんよう」と先ず返して来た。

 「明日はお休みだし、息抜きには丁度良いのよ」

 そういうあなただって誘いに乗ったところをみると余裕じゃない、などと微笑を深くする。

 「私たちは良いとして……」

 言い差した所で、あら来たわ、と彼女がその視線を私の後方へと流した。

 「まあ、取敢えず、気楽に楽しみましょ。折角のご招待なんだから」

 彼女の眼差しを追い掛けて振り返った私の目にも、黒塗りの乗用車が駅のロータリーにスマートに入り込んでくるのが映った。

 閑静な高級住宅地の突き当たり一帯を占める形で鎮座するそのばかでかいお屋敷に、お邪魔……というか、半ば強引に連れて来られたのはこれが始めてではないし、恐らく最後にもならないだろう。
 大型の乗用車が余裕ですれ違える程の幅を持つ巨大な門扉が、私たちが乗った車が近づくやゆったりと開かれ、そのまま、敷地内の林の中を巡る私道に乗り入れるのに一々驚くどころか居眠って居たため気付かなかった私は、邸宅の前の車寄せに到着した所で隣にきちんと座っていた彼女に頭を小突かれて目を覚ました。
 既に顔見知りになってしまった運転手氏が穏やかな表情と挙動で以ってドアを開けてくれたのに、曖昧な笑みと会釈で答えながら私は車を降りる。
 此処は、彼女の最愛の妹の家。
 
 「まあ、ようこそお出で下さいました」

 しかし、玄関で私たちを出迎えてくれたのは当の妹ではなく、そのお母さまだった。年齢を感じさせない、可愛らしいとさえ言えるその言動に接するのもこれが初めてではないものの、会う度面食らう心地を味わうのも事実だった。自分の親と引き比べて……などは兎も角、その人の娘である少女とその面差しや声音に酷く似通ったものを覚えるから、その気分は尚の事だった。

 「ごきげんよう。お言葉に甘えまして、遠慮なくお邪魔させて頂きますわ、小母さま」

 如才なく口上を述べた友人の言葉にようやく我に返った心地で、私も曖昧に目礼などしてみせた。が、うきうきとした、という形容がぴったりな所作で私たちを見比べたその人が、「堅苦しい挨拶は抜きよ」といそいそと私の手を取ったものだから、瞬間、息を呑んだ。

 「あの子が今、短冊を作ってくれているの。あなた方も手伝って下さる?」
 「ええ、勿論ですわ」

 答えた彼女は、私の戸惑いに気付いてか気付かなくてか、ちらりと視線を寄越しながら極上と言っていい笑みを浮かべたのが妙に気に障って、何事かを口走りそうになった瞬間。

 「あなた方が来てくれて、本当に良かった」

 その人が静かに零した言葉に含まれた真摯な響きが耳元に触れて。
 私は、開きかけた口元を軽く引き締め、大人しく手を引かれるままに付き従う事にした。

 


まだまだ続きますです……(05.08.16)


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