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me note diary

2006年01月15日(日) たいせつをきづくもの

「ねぇねぇ、はっけんしたのよ」
 彼女が今日も背中に凭れながら体重をずずんとかけて甘える。猫みたいだと思う。猫なんか、飼ったことないけど。
「あのねぇ、大切なことは目に見えないんだって、知ってた?」
「そうなの?すごい」
 大仰に感心すると、彼女はふふふと笑う。すごーいでしょーう?
 本当はわかってる。でも、そんなことを言ったら、彼女はきっと、ショックを受けてしまう。がっかりして、死んでしまうかもしれない。そのくらい、彼女はむずかしい。そして、僕にわかることはほかにもある。彼女が今読んでいる本がなにかってこと。そこで残ったことばを、彼女は僕に教えてくれる。でも、彼女はその本からことばを拾ったなんて思っちゃいない。自分の中から湧いたことば。そう思っているからこそ、僕に教えてくれる。だって、大発見なのだから。
 ごろりと彼女がソファから一回転して転がり落ちた。転がり降りた。
「お茶を飲みましょう」
 ミルクパンにミルクを沸騰させて、紅茶の変わりに緑茶を入れて、抹茶ラテみたいのを作るのが彼女のお得意。僕は苦手だから飲まないけれど。僕にはミルクなしのお茶を入れてくれればいいのだけれど。


「飛行船って、最近見ないね」
 ビスケットをちいさくちいさく砕きながら、彼女は言う。ちいさくちいさく砕いて、いつになったらそれを食べるんだろう。
「ひこうせん……飛行船、ね。見ないね。気球も、見ないね」
「気球なんて本物飛んでるのなんて、生まれてこの方、見たことない」
「そう言えば、そうだ」
 納得。気球って、どこを飛んでいるんだろう。
「飛行船は違うよ。ちっちゃいころ、よく見た。会社のマークとか書いてあってさぁ」
「そうそう、なんで飛んでたんだろうね」
「そっか、なんで今飛ばないんじゃなくて、なんで昔飛んでたんだろう」
 あなたあたまいいわ。彼女は感心というより感動した感じで僕を見る。そして思いついたように、僕の頭を撫でる。おりこうさん、ってわけ。
「飛行船、見たいなぁ」
「飛行船、ねぇ」
 なんか、前にスポーツドリンクの飛行船が飛んだって言ってたけど。
「青いやつ?」
「青かったかも」
 うーん、と彼女が考え込む。考えながら、やっとちいさくちいさくちいさく砕いたビスケットを口に入れた。
「見た?」
「見たかも」
 でも、どうでもいいや。そうして、彼女はビスケットと緑色の甘いホットミルクに集中する。猫のようにむら気。僕もそれで納得する。


「大切なものが目に見えないんだったら、でも、大切なものってつまらないね」
 ふと、思い出したように彼女が言う。自分の言ったことに疑問を持ったらしい。
「そう?」
「目に見えないものを大切にしなきゃいけないのって、骨が折れるわ。どうやって大切にしたらいいのかわからないもの」
 彼女は心底考え込んでいるようだ。
「あたしは目に見えているから、あなたに大切にされているのに、あたしが見えなくなったら、だってあなた、どうやってあたしを撫でてくれる?」
 そうきたか。でも、確かに撫でることはできないなぁ。彼女にとって、一番の愛所表現は、撫でることだから。なんてむずかしい。
「きっと見えないけど大切なものと、見えるから大切に出来るものがあるんだよ」
 苦し紛れの回答は、彼女を納得させる。
「でも、あたし、見えなくて大切なものって、ないわ」
 きっとそうだろう。
「見えるものが大事」
 そうして、彼女の真理が確定する。そして僕には、見えないけれど大事なもの、すなわち、彼女が入れてくれなかった僕の分のお茶が気にかかる。これが、見えないものの大切さだとしたら、ちょっと、せつない。


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管理人:サキ
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