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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2014年07月22日(火) 変化への備え 依存症の人たちは「回復」という言葉を使います。回復とは何かを定義するのは難しいのですが、少なくとも「回復には変化が含まれる」ことは確かです。何も変えないで回復を得ることはあり得ないわけで、自分の中の何かが変わることが必要です。
「自分は、自分のままでいい」と言ってくれるやり方もありますが、そう言いながらも(中身を良く読んでみれば)自分を変えることを求めていることが分かります。
では私たちは、どうやって自分を変えたらよいのでしょうか?
Joe and Charlie の中に、「車を買い換えようと思うときに、あなたが一番最初にすることは何か?」という例え話が出てきます。車を持っていない人は、携帯電話でも、パソコンでも、冷蔵庫でも、何でもいま自分が持っているものを思い浮かべて、それを買い換える場面を想像してもらえばよいです。
多くの人の答えは、お金を用意すること(そのために宝くじを買う?)だったり、お店に行って車種を選ぶことだったりします。しかし、それよりもっと前にしなければならないことがあります。
それは「いま乗っている古い車を諦めること」です。オイルやタイヤを換えてみたら、まだまだ大丈夫じゃないか・・と思っているうちは、人は新しい車を買うことはありません。いまの車に乗り続けることをギブアップしてから、ようやく違うものを手に入れる行動が始まるのです。
同じことは自分自身についても言えます。自分が変わるためには、今のままの自分でいることにギブアップする必要があります。そのためには、過去に自分が積み上げてきた何かの価値を否定する必要も出てきます。
アルコホーリクが酒をやめるときについても、同じことは言えます。「まだまだ俺は酒を飲み続けても生きていける。大丈夫だ」と思っているうちは、酒をやめようとはしませんし、やめることによって得られる新しい幸せを得ることもありません。酒の種類や飲む場所を工夫して飲み続けることでしょう。その人にとって飲むことは価値があるのでしょうが、その価値を諦めることがまず必要です。
僕は年に何回か、ビッグブックに書かれた12ステップを1〜2日かけて説明するという企画に参加しています。ビッグブック(つまりアルコホーリクス・アノニマスという名の本)に書かれた12ステップにはいろいろな特徴がありますが、その一つはステップ4の棚卸表を「表形式」で書くことです。具体的にはp.94〜95にサンプルがあります。
このやり方が日本で広がる前には、「ライフストーリー形式」と呼ばれる書き方が定着していました(もちろん今でもある)。こちらはノートに自分の人生の物語を書いていくものです。思い出せる限りの昔から現在に至るまで、出来事を書き連ねていきます。
なぜ日本でライフストーリー形式が広がったのか、正確な事情は分かりません。もともとアメリカで始まったAAには表形式の棚卸しのやり方しかなかったものが、時代が下るに連れて多様化していったようです。例えばネットで検索してみれば カリフォルニア式 なる棚卸しガイドが見つかります。5年以上回復を続けてから、この180個ぐらいの質問に答えていくのだそうです。これはハードルが高いですね。
多様化したやり方の中の一つがストーリー形式で、アメリカにもストーリー形式の棚卸しがあった(ある)のだそうです。そして、そのやり方「だけ」が日本に伝えられ、それ以外のやり方が伝わってこなかった、ということだと思われます。
僕もストーリー形式の棚卸しをやった経験がありますが、もちろんそれにも良い点があります。そのことは否定すべきではないと思います。では、表形式と同じ効果が得られるか、と聞かれれば、答えはノーです(キッパリ)。
ビッグブックのステップを扱ったイベントに来る人たちは、12ステップによる回復を求めている人たちなのだと思います(少なくとも回復に関心はある人たちです)。ではあるものの、その後、その人たちがそのやり方の12ステップに取り組むとは限りません。
それまで12ステップの経験の無かった人の場合には、その後に取り組んだという話を聞くことが割りと多いように思います。しかし、すでにストーリー形式で棚卸しを経験した人で、改めて表形式で棚卸しをやってみる人は実はなかなか少ないのです。その理由はやはりすでに自分が経験した棚卸し(ストーリー形式)の価値を否定できず、捨てきれないからでしょう。
誰にとっても、それまで自分が積み上げてきたものの価値を否定するのはたやすくはありません。それが変化に対する抵抗を生みます。その抵抗が、回復の足枷となることもしばしばです。
12ステップに限らず、世の中には何かを伝える催しがたくさんあります。依存症の領域にも動機付け面接やCRAFTのような新しい手法が導入されつつあり、セミナーや研修が行われています。そうした研修に参加するのは新しい何かを手に入れるのが動機でしょう。参加して「目からウロコが落ちた」という感想を言う人がいます。こういう人は、自分がそれまで積み上げた何かの価値を(いったんは)さらりと否定する能力を備えています。一方、せっかく新しい手法の研修に来ているのに、「これまで自分がやってきた方法は間違いじゃなかったんだ」という感想を言う人もいます。こういう人は実に多いのですが、せっかく参加したセミナーや研修から何も得ないこと間違いなしです。実にもったいない。
何かを手に入れるためには、別の何かを手放さなければならない。人はこれから手に入れることのことばかり考えますが、むしろ何を手放すかを考えることが自分自身を変える始まりになるのです。
アルコホーリクはとりわけ変化に対する抵抗が強い人たちのようです。何かを変える必要があったとして、その必要を頭で(理屈で)分かっていたとしても、感情の面で「その気になれない」、というタイプが多いように思います。自分自身の過去の経験を振り返ってみても、そう言えます。
なぜ変化に抵抗するかと言えば、未経験のこと対して恐れ(不安)の気持ちが強いからでしょう。
ところが12ステップを経験した人の場合には、変化への抵抗が小さくなります。なぜなら、回復を経験したということは、即ち自分自身に起きた変化を経験したということです。執着のあった何かを手放して、別のもっと良いものを手に入れた経験を持っているからです。
もちろん回復しても不安はゼロにはなりません。なぜならもっと良いものが手に入るという100%の保証はないからです。けれど、こう考えることができるようようになります。変えてみて、ダメだったら元のやり方に戻せばいいし、もっと別の第三のやり方を試しても良い。ともあれ、もっと良いものを手に入れたかったら、いまのものを諦める必要があることを経験から納得し、変化への準備が整うのです。
新しい車の本当の価値はカタログの写真を眺めているだけでは分かりません。手に入れて使ってみてこそ実感できるものです。生き方もそれと同じこと。知識だけ得てみても、それに従って生きてみなければその良さを実感することはできません。
AAのサービス活動の現場でも、回復した人は何かを変えることに対して抵抗が少なく(ないとは言わない)、不安の強いままの人は抵抗が強いです。例えば「12の伝統」は、どんどん変わっていく世の中にAAが柔軟に対応していくために作られたものですが、不安の強い人は「12の伝統」を変化に抵抗するための道具として使ってしまいます。
あるノン・アルコホーリクの人に言われました。「今の日本のAAの中には非常に強い同調圧力が働いている。それは今の日本の社会を反映したものだ。もし日本のAAがその壁を打ち破ることができれば、多くの人がAAに魅力を感じてくれるでしょう」と。
確かに、今の日本のAAには、慣例と違ったことをすることに対して不寛容の雰囲気があり、人と違っていたり、何かを変えることに対してかなり強い拒否が起こります。だがそれは、何もAAに限ったことではありません。社会学者たちが指摘しているように、最近の若い世代の人たちの中に、人に認めてもらわなければ自分を愛することすら難しい人が増えています。友だちづきあいにしても、学校のクラスにしても、社会に出てからも、同調圧力に従い、集団から排除されないように(不安の中で)腐心しているのです。
だがそれは若い人たちの責任というより、そうした社会をつくってきた上の世代の大人達に原因があるのでしょう。そうした世の中は、革新が起こりにくく、ぬるま湯が冷えるように徐々に衰退していってしまうものです。
人の承認を得られるように常に気配りしながら生きていれば気疲れします。そんな妙に気疲れする集団(や社会)の中に生きていると、「自分は、自分のままでいい」という言葉に魅力を感じるのでしょう。なんか無条件で何でも承認してくれそうな感じがしますからね。
ただ強調しておきたいのは、同調圧力そのものが悪いのではないということです。むしろ同調圧力は必要なものです。問題なのは、私たちが承認欲求を暴走させ、満たされない不安を抱えたままで、周囲の同調圧力に過剰に反応して振り回されてしまっていることです。つまり問題は社会にあるのではなく、私たちの内側にあるのです。(そこが社会を扱う社会学者と、内面を扱う僕らの着目点の違いです)。
私たちの内面にある問題ならば、それは12ステップで解決できる可能性がありますし、実際に解決できるのです。同調圧力に怯えながら生きるのでもなく、集団からはみ出て孤立して生きるのでもなく、集団(社会)と自分の要求をバランス良く満たしながら生きていく。そうした生き方を12ステップは提供できるのです。
途中から話が変わっちゃいましたね。ではまた。
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