ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ|過去へ|未来へ
2012年10月26日(金) 依存症は運転免許の欠格事由 昨夜はホームグループのミーティングでした。メンバーの一人が職業訓練を終えたので、お祝い?もあって久しぶりにアフターミーティングに行きました(ガストで飯を食いながら無駄話しただけですが)。
その中の話の一つが、てんかんであることを隠して運転免許を取ることに罰則を設ける、という話でした。
参考:持病原因の事故防げ 病状虚偽申告に罰則
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012102502000233.html
病気を隠して運転免許を取得することに罰則がないからいけないのだ、という主張になっています。昨年栃木県でクレーン車が小学生の群れに突っ込んだ事件が背景にあるのは言うまでもありません。アフターで、そんな話がでるのは、この話がアルコール依存症と無縁ではないからです。
順を追って説明しましょう。
自動車運転免許は国家資格です。国家資格には、その根拠になる法律がありますが、その中に「これこれの者には資格を与えない」という欠格条項というものがあります。それに該当すると、試験に受かっても免許をもらえないか、そもそも試験を門前払いされてしまいます。
2002年の道路交通法改正以前は、運転免許の欠格事由はこんな風になっていました(法律の条文とは順番が違いますが)。
1. 資格年齢に満たない人。
2. 免許を取り消された日から起算して、指定された期間を経過していない人。
まあ当たり前の話です。
3. 身体に一定の障害のある人。
4. 精神病者、知的障害者、てんかん病者、目が見えない人、耳が聞こえない人、または口がきけない人。
5. アルコール、麻薬、大麻、アヘン、または覚せい剤の中毒者。
(他にもあるけど省略)
これらに該当すると、無条件に欠格となったので「絶対的欠格」と呼ばれます。ただ、実際には身体不自由以外は、それほど厳密に適用されていませんでした。法律は条文通りに運用されるわけではないという一例です。
2002年の道路交通法改正では、飲酒運転の厳罰化ばかりが話題にされましたが、同時に欠格条項も変更されました。「精神病者、知的障害者、てんかん病者、目が見えない人、耳が聞こえない人、または口がきけない人」というのが削除され、かわりに、幻覚の症状や、発作により意識障害・運動障害をもたらす病気の場合には、政令で定める基準に従って、免許を与えない「ことがある」、ということになりました。
「与えない」という絶対的欠格が、「与えないことがある」に変わったので、これを相対的欠格といいます。
その素案の段階では、法律の条文に具体的な病名が挙げられていました。Wikipediaによれば、その病名は
・統合失調症、双極性障害、躁病、重度だと判断されるうつ病、持続性の妄想障害
・てんかん
・ナルコレプシー
・脳虚血
・糖尿病
・睡眠時無呼吸症候群
だったそうです。素案を見た患者団体が、病名を法律に盛り込むと病気に対する偏見を助長しかねない、と反対して、具体的な病名は法律ではなく施行令(政令)に書かれることになりました。政令に書かれているのは、
・統合失調症
・てんかん
・再発性の失神
・無自覚性の低血糖症
・そううつ病
・重度の眠気の症状を呈する睡眠障害
・その他
です。もちろんそれが自動車の安全な運転の妨げになる場合、ということですけれど。それと「アルコール、麻薬、大麻、アヘン、または覚せい剤の中毒者」というのは削除されませんでしたが、絶対的欠格から相対的欠格へと移行しました。
で、てんかんの場合に免許を与えるかどうかの基準が、「過去2年間発作が起きてないから今後も発作の恐れがない」というような医師の診断書ということになりました。てんかんの人が免許を取得・更新するときには、質問票の中にある「病気を原因として又は原因は明らかでないが、意識を失ったことがある」という項目に○をつけることでてんかんを自己申告した上で、診断書を提出して許可を仰ぐ、という流れになります。
しかし、申告しなければ診断書も必要ありません。申告しなくても罰則はありません。統合失調症や糖尿病や睡眠時無呼吸症候群には、そうした仕組みすら存在せず、てんかんだけに求めているのですから、てんかんを申告しない人が多数存在するのは当然とも言えます。
栃木のクレーン車事故の第一報を見たとき、「これはてんかんだね」と話し合ったのを記憶しています。無申告や治療中断という話と、小学生6人が死亡という悲惨さを考え合わせれば、その後の流れは予想できました。それが、上に掲げた、虚偽深刻の罰則化提言というニュースにつながっています。
他の先進諸国では、病気や障害を理由の差別を禁じる「差別禁止法」が作られ、障害が理由の欠格事項は原則ありません。近年日本でも様々な資格で、絶対的欠格→相対的欠格と変更されたのは、この世界的な流れに沿ったものでした。だが改革にはバックラッシュはつきものです。
てんかんも偏見の多い病気で、偏見ゆえに適切な治療を受けていない人も多くいるとされます。それは精神障害や依存症や発達障害と同じ構図です。無辜の小学生6人も、てんかんという病気に対する偏見の犠牲者だったわけです。
記事では、免許を更新すると危なそうな患者の情報を(個人情報保護法に触れずに)医者が警察に提供できる仕組みも提言されています。「提供できる」ということは「提供しろ」ということで、しなかったら事故の被害者が民事で医者を訴えるという話になるのかもしれません。てんかんの学会では、逆に無発作の基準期間を短くすることで申告しやすくした方が良いと言っていますが。
もちろんアフターでこんな真面目な話をするわけがありません。もっと与太話です。
厳格化は他の病気にも飛び火しかねません。一番燃え移りそうなのが「アルコール、麻薬、大麻、アヘン、または覚せい剤の中毒者」です。なにしろ、これは政令ではなく、法律のほうに残りっぱなしですから。
しかも、道路交通法改正の目的が飲酒運転対策でした。厳罰化をしても、いっこうに飲酒事故が無くならないのは、アルコール依存症が原因だということも分かってきました。とすると、次は「アル中、ヤク中に免許を与えるな、更新させるな」という声が上がりかねません。
もちろん、これは絶対的欠格ではないので、アル中・ヤク中だからと一律に免許を禁じることはできません。だとすれば、てんかんの場合と同じように、「過去2年間断酒が継続しており、今後も最低○年間は断酒継続できる見込み」という証明を誰かにしてもらう話になるのじゃないか。たぶん医者の診断書か何かで。
しかし、アルコール依存症というのは(断酒初期を除けば)医者にかかる必要の無い病気です。他の精神科疾患がなければの話ですが、年単位で酒をやめている人の多くは医者には行っていません。そうなると、免許更新の前にだけ、断酒継続の証明書をもらいに医者にかかることになりはしないか。何年かぶりに診察室に現れた患者に対して、「この人は2年間飲んでない」と医者が判断できるものでしょうか。さらには、今後も断酒が続きそうかどうかなんて、分かろうはずもなし。
さあ、どうしたもんだ。
与太話はともかくとして、ホワイト先生によれば、病気を治療するよりも、懲罰を与えることでトラブルを防ごうとする圧力は常にあるのだそうです。病気の治療(なり障害の支援)は一人ひとりに対して行わねばなりませんから、手間も金もかかります。一方、懲罰は見せしめによる抑止効果が期待できるので、安くつくはずだという発想があります。小さな政府が基本のアメリカばかりではく、日本も不景気で社会保障の予算が削られれば、懲罰志向になりかねません。いや、実際になっているのです。
懲罰志向は、病気や障害に対する偏見を助長し、未治療の人を増やし、結局はトラブルを増やすでしょう。AAの人間として、政治的な意見を述べるのは慎まなくちゃなりませんが、懲罰志向と治療(援助)志向と、どっちが良いかは、言わずもがなです。
もくじ|過去へ|未来へ