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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2008年08月20日(水) 鶏が先か卵が先か いつまでもみっともない雑記を掲げておくわけにもいかないので、何か書かないといけません。
昨夜のAA会場はステップミーティングでした。ステップミーティングでみながステップの話をしている、この当たり前のことがこの会場の良いところだと思います。
12&12のステップ2のところに「にわとりが先か卵が先かという議論はやめて・・」というくだりがあります。なぜここにこんな例えが書いてあるのでしょう、と先ゆく仲間に尋ねたら、こういう答えでした。
・神様が人間を必要としたから、神様が人間を作った。
・人間が神様を必要としたから、人間が神様を作った。
どちらが真実かというつまらない議論を、ここでは「にわとりが先か卵が先か」と表現しているのだそうです。
僕は my Higher Power という言葉が好きです。自分のハイヤー・パワー、自分(専用)の神様。僕はアルコールには無力な人間で、ほうっておけば必ずまた酒を飲み出して人生を破壊するでしょう。無力な人間には助けが必要です。AAもAAの仲間もその助けになってくれますが、僕のビョーキも重いので、しばしばゲインラインを突破されてしまいます。頼りになるフルバックは、やっぱりハイヤー・パワーしかいません。
僕はハイヤー・パワーを「見つけた」と思っていますが、実際には僕のハイヤー・パワーは、おそらく僕が作ったものなのでしょう。でもそれで十分だと思っています。そして、その自家製の神様と宇宙の主は、一体のものだと考え出しています。この考え方の反証はとくに思いつきません。
では「偉大な力」はどこに見つかるか。第4章には、誰でも「自分の一番奥深いところ」に見つかると書いています。個人の物語のピーター神父の話でも、神は内在と表現しています。神父である彼が、その考え方ですべてだと思っていたわけではないでしょうが、AAである以上彼自身の宗教は脇において、AAの考え方の一つであるところの、神は一人一人の中に内在しているという考えに従ったのだろうと、解釈しています。
第5章の先頭には「最奥の自分」に対して、酒に対する無力を認めるのが最初のステップだとあります。最奥の自分=ハイヤー・パワーだろうと僕は思うわけです。
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