心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2008年02月08日(金) ベティ・フォードの自伝に学ぶ(その1)

「人は自分でできる範囲のことに直面し、明らかにされたことに対処できるようになるにつれ、より多くのことが明らかにされていきます」
 〜『依存症から回復した大統領夫人』/ベティ・フォード

初めてAAミーティングに行った人の感想はたいてい「みんなが何の話をしているのかさっぱり理解できなかった」というものです。僕も初めてのミーティングでは、なんだか皆が大げさな話をしているようにしか聞こえませんでした。その部屋にいる人の大半はアルコール中毒者本人らしい、という感想だけを持って帰りました。

僕は最初の頃、ハンドブック第3章の「アルコール中毒者を正常な酒飲みにするようなものはない」という言葉に(内心)猛反発していました。二度と正常に酒を飲めない、という事実を受け止めることができずにいたのです。だから、その段階で「無力」だとか「狂気」だとか「ハイヤー・パワー」なんて聞かされても、受け止め得ない言葉は僕の中を素通りしていくだけでした。
その時点で、僕に分かったことは、ともかく毎週その会場に行く必要だけでした。

例えば、パンツの中にウ○コを漏らしたという話を聞いても、僕の心には何も浮かんできませんでした。自分が過去に同じことをしている事実に直面できなければ、思い出さずにおくしかありません。人の心はそうやって自分を守っているのでしょう。

僕は自分の自由な意志で酒を飲んできたと思っていましたから、酔って布団から起きられない僕を上から母が見下ろしている場面ですら、思い出すまいと努めていました。

自分は(飲んでいても、いなくても)人を傷つけ続けてきた、という事実に直面できるようになるまでは、ステップ4の経験談を聞いても、物好きな人の不思議な修行の話にしか聞こえなかったのです。

あれからずいぶん時間も経って、多少はいろんな事を理解し、事実に直面できている気がしているものの、おそらく「対処できないから見ないふり」していることは、まだまだたくさんあるのでしょう。ともかく「より多くのことが明らかにされる」まで、続けていくしかないのでしょう。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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