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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2008年02月02日(土) 信じる力 人の恋路を邪魔する奴は、犬に喰われてと言われます。いやいやごめんなさい。「配慮の欠如」にチェック印です。月夜の晩ばかりではないので、野犬の群れに襲われないように気をつけますね。
さて、信仰心を持たない人のほうが珍しいと思います。
ついこの前のお正月に初詣に行った人は、おそらくお賽銭を投げて、なにかお願いをしたでしょう。家内安全とか、健康とか、お金とか、恋人ができますようにとか・・・。
で、でですよ。それは誰に向かってお願いしたのですか?
まさか、お願いが虚無の空間に吸い込まれて消えていくとは思っていませんよね。どこかに、あなたの願い事を聞いてくれる存在がいる、いるかもしれないと思うからこそ、お参りをするんじゃないでしょうか。
その存在(たぶん神様)は、あなたの健康運、金運、恋愛運その他を支配できる存在なんですよね。そういう力を持ってなければお願いしても仕方ないですから。それはあなたより「大きな力」、ハイヤー・パワーではありませんか? 信じる能力がないとか、信仰を持っていない人のほうが稀有なんです。自分のこれは信仰ではないと主張する人は、何か特定の宗教の信仰とは違うと言っているに過ぎません。
日本を訪れる外国人から見れば、神社に行くのも宗教にしか見えないそうです。知り合いの牧師さんの一家は神社に初詣には行かないそうです。結婚する二人がどんなに努力しても、それだけでは幸せになれるとは限らない、と思うからこそ、神様の前で三々九度をするのでしょう。
AAでは「自分で理解した」神を信じなさいと言います。それは信じられるものを信じることです。せっかく信じるのだから立派な信仰を持とうと思うと、信じることに失敗します。だって信じてないものを信じようとするから無理があるのです。
確かに、何かを叶えてくださいとお願いするだけの信仰心は、ちょっと子供じみている感じがするかもしれません。でも、それを出発点にして、信じる心を成長させるしかないでしょう。自分が今いるところから旅に出るのです。
自分には神様を信じる能力がある、と分かるだけで、とりあえず最初はそれでいいんじゃないでしょうか。現に信じているんだし。
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