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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年09月04日(土) ステータス希求の仮説 ステータスという言葉があります。辞書を引くと「(社会的)地位」とあります。
以下は、仮説です(実証しようとも思いませんが)。
AAにやって来る人は、ステータスを失っている事がままあります。
失っていなくても、それが脅かされているからこそ、やっと周囲の説得に応じて、AAのドアをくぐってきます。だが、現在の日本のAAのメンバーシップは、ステータスと無縁な人が多いことを示しています。だから「こんな連中と一緒にされたくない」という反発心を抱く人が多くても、決して不思議ではありません。
ステータスを追い求めることに、さしたる意味はないんだよ、とAAの本は説きます。だからAAを負け犬の集まりだと考える人は去ってしまいますが、いずれもっと強力な説得相手(アルコール)に説き伏せられてAAに戻ってきます(とは限らないか)。
AAのプログラムが謙虚さを説くということは、図らずも「人はそう簡単に謙虚にはなれない」と言う現実を照らし出します。人はステータスを追い求めることを諦められないものです。
文字通りの社会的地位というのは、失うと取り戻すのが一番難しいものです。信頼を回復することの難しさは、皆が身にしみて感じていることです。
金銭もステータスになりうるものですが、これも一挙に取り戻すのは難しいです。幸運を願ってギャンブルなんかに手を出すと、別の依存になりかねません。
(男にとっては)女という存在もステータスにすることができます。若くて美しい女を自分のものにするというのは男の功名心を満たしてくれるものです。アメリカの国務長官だったキッシンジャーは、チビでデブでハゲであったが、若く美しく背の高い女性と結婚しました。それは彼にとって「さらなるステータス」を意味したのでしょう。(女はステータスと結婚できるのか? という疑問がわきますが、女心はわからないので置いておきます)。
いくらAAのプログラムが霊的な成長をかかげていても、男は男のままであり、女の尻を追いかける性分です。AAの男女比は4対1。本能が異性を求めるという点では、男も女も同じでしょうが、男の場合にはステータス希求という面があるだけに厄介です。
そこらへんが根源にある以上、AAはストーカー問題とか、セクハラ問題とかを未来も抱えていかなければならないことなのかもしれません。なんか「うんざり」しますけど。
ちなみに、セクハラは「何をされたか(言われたか)」が重要ではなく、「誰にされたか(言われたか)」のほうが問題なんだとか・・・。気をつけましょうね。
ある男性オールドタイマーが、「独身の男性AAメンバーにとって、ソブラエティの最大の難関は、実はセックスの問題なのだ」と言っていました。そういうことは、公には語られないし、僕もそのときには「単なる性欲処理の問題」だと思ったのですが・・・。
そう言う僕自身、決して潔白ではないし。
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