21世紀猫の手日記
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| 2026年10月15日(木) |
本当は、生きていてありがたいと思うんですが、 |
口から出るのは罵倒ばかり。誰か助けて(爆笑)
うーん………、基本的に”死ねばいいのに”とか連呼するタイプではないんです。なんかあったら、もう悩んで落ち込むタイプじゃないのか、自分は。
本当に激痛で放置で、叫んだら静かにしてといわれて、術後の病棟ではナースコール、手の届かないところに置かれるという拷問にあいました。
まぁ、痛み止めの点滴を猛烈な勢いで嫌がるんですね。理由は赤字なのか?時間置けばいいのに、最悪ですよ。前回何時にやったか、電子カルテだったらすぐわかるんじゃないのかー。医者の指示がいることとか、全部なんか俺のせいにされて責められる口調で、ガチのMの方は入院するとナースにののしられる感じでいいのかもな……。不愉快だったぜ。
そのうえ腹が立つのは、こっちだって叫びたくねぇよ、激痛だからだよ。お前ら無声で出産できるのかよ。と思っている時に、定期的に詰所から聞こえる「どぅわっはっは===!!」という皆さんの笑い声、さぞかし楽しい職場なんでしょうなぁ。いつも求人があるが。
でな……。ここの人間関係「あーーーー……」とおもったことがあって……。まず、手術前の病棟でも、ナースどもの休憩室が近所だったんですよ。そしたら夜の3時ごろにもかかわらず、男性看護師の声も交じっての「ぎゃっはっははは======!!」全力3人くらいの笑い声がこだましてる。〇ねばいいのに。腹立つわ。さぞかし楽しくていい人生なんでしょうねぇ。はいはい。
その間も爺の患者が激痛かなんかでぎゃーあーっ!!て叫んでるのよ。私もトイレに行くのにも、一歩歩いて激痛で、ここは「痛いのに薬をくれなくてみんな叫んで我慢する地獄の病棟、ハエや蛆がわいてないだけまだましの旧軍の野戦病院と同じなんだ、日本の医療って実はそうだったんだ、私がしらなかっただけで、そこまで劣悪な環境になっていたんだ……残念だったな、老人保健施設(某所実名)はそんなことなかったけれど、救急医療は大変なことになっていたんだ」と、認識してしまったんですね。
痛いときは叫びながら移動していたら、叫ばないでくださいと男性看護師が注意しに来たので、「だっておじいさん、ずっと叫んでますもんね、個室なら叫んでもいいから個室なんですよね?(以下略)……」と上記のことをマイルドに告げたら、痛み止めの点滴をくれました。……え?無意識に嫌味爆弾が炸裂していたかもしらん。今思うと爆笑。
その時は、南方戦線てこうだったんだろうな。水木先生(水木しげる)もこんな感じの地獄にいたんだ、それは、日本帰りたくないよな……とかマジで思っていた。思考の視野狭窄にかかってたといえばそれまでですが、激痛てそんなもんですよ。
俺が、ここの病院の体質って「あぁあ……」と思ったのが、すごく詰め所内での仲よし強調、患者はどうせすぐ消えるから(敵、雑でもいい)、せん妄、認知での事故やけが、REオペをさける、のが目標なのかな?とおもった。すごく詰め所内で大声で笑うし、それもかなり下品でことばも年寄りに言い聞かせるニュアンスの「とりあえずきつめでゆうことをきかせる」言葉を使う人がおおい。
隣りにいたご婦人が、多少認知はあるんですが、私の入院生活上トップクラスの上品な言葉使いで、どうやら不動産を多めに所有してらっしゃって、家族の方が士業らしいお金持ち?の奥様でした。
あまりに言葉が良かったので、奥様と私が思わずよんでしまい、4人部屋の上品度が爆上がりです。もう、失礼のないようごあいさつとか、物が落ちてるからわたしがひろってもよろしいですか?みたいな…。歩けるのが私だけだったんで。爆笑。奥様劇場でした。
で、その奥様、陰部になんかできたみたいで、ナースに見てほしいってたのんだのだ。そしたら、一人か2人でいいところ、暇だったのか6人位来ちゃって、「なんともないですよーはっはっはーーー」てやってた。
俺はそれ聞いててほんとこいつらやべーなと思った。
で、奥様悔しくて泣いちゃって、みんなで私のお尻を見て笑ってった!!とお怒りが止まらないんですよ。退院する朝まで言って怒ってた。奥様ご高齢ですが、おまた数人で見られて笑われるって相当屈辱よ。んー……配慮ないっていうか、動画とって公開しそうで怖いわ。で、患者の言うことはカスハラ扱いするんだよ。認知がちょっとでもあったら、人権ねぇんだ……こいつらにとっては。
本当にナイチンゲールに射殺されろと思った人々が多かった。
じゃっかん仲間外れ気味なのかの、外国人の人と、看護師一人がまだまともな感じでした。集団になると、専門職というより「こういうことできてる私たちえらいすごい」みたいのが鼻につく。こいつらが消えたら、日本の医療水準爆上がりと思った。(爆笑)
いやもう、悪口がとまらねぇ。
ほんとうは、感覚があって、ありがたいなぁとか、生きていてよかったなぁとかそういうことも感じています。 この病院ではないですが(爆笑)、次の病院で、自分の生き方や、感覚が一人の人間として普通に尊重されていいんだと、すごくありがたいきもちになりました。
バイクにまた乗りたいとか、思っても全然いいし、やりたいことを自分で選んでやっていい。それで責められる必要もない、とか当たり前のことにたくさん気がつきました。後遺症はわからんけど、着実に回復はしてきてる。アホ医のせいでリハビリが止まってますが。多分再開できるでしょう。
これで生きてるんだから、俺ついてるよなー、最強かもな(苦笑) 感覚はあるしね、回復過程を自分でやってるしな。 これは勉強になる、はず。(w)
zaza9013
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