21世紀猫の手日記
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そこそこつまらない、気持ちの整理の話を。
かなり前に心身ともに限界状態だった。しかし、問題は限界状態なのにも 関わらず”自分はどのあたりで動けなくなるだろうか”と過労マゾヒスト 的な好奇心があったことだ。
基本的にチャレンジャーなので、限界の先を見たくなる。どのあたりで倒 れるか、胃から血を吐くのか、それともくも膜下出血なのか。(苦笑) 倒れる時も前のめりなのか、後ろに倒れるのか。結局アスファルトに 叩きつけられ、下に落ちたので予想は外れた。
それともう一つ、過労状態も長期間続くと”判断力が低下する”という ことだ。引き際がわからなくなる。この状態を続けると、遠からず交通事故 かなんかで死んでしまうとわかっていても、やめる事ができない。 目の前の仕事をやり遂げる事で思考の全てが終ってしまう。 自分の全体を見る事ができなくなる。
最低限度の健康を維持する能力すら無くなっていたのだ。自分の命を守る よりも、職を離れる事の罪悪感の方が強かった。アホすぎだ。いつでも 代えの効くパシリで、安い金で最悪の条件で使えるだけこき使ってやろう って感じの良心のかけらもない勤め先だったのにも関わらず。
あんまり仕事に気合入れちゃいけないな。つぶれない程度、飯が喰える程度 でいいんだろうな。何年も仕事優先で自分の事をよく考えてこなかった のはまずかったなー。本当は何がしたいのか、何が好きなのか。 何を必要としているのか。
…自分の事なのに全然見当がつかなかった。うつけにもほどがある。
最近はちょっとわかってきた。やっぱり単純反復作業は苦手で、機転と ごまかしとその場しのぎが得意なのだ。(創造性のある事ともいう:苦笑) 好きなものはとりあえずキンスキーで、必要なのは守る価値のある自分。 やりたい事は両親とのいい思い出作り。半年も一緒に住めば嫌になる とは思うけれど、お互い丸くなって”家庭って良い物だった”と思ってから もう一回独立生活を営むのも良いのかもしれない。甘い見通しだけど。
何か、家庭で学ぶべきことっつーか、得るべき大事なものがかつての ZAZA家には無かった。けれど、今はその何かがあるような感じがする。
常々自分には何か重大なものが欠けているような感じがしていて、そのうち の一つが”普通っぽい家庭生活”のような気がする。普通の家庭って厳密に は存在しないのだけれど。それでも、すっかり嫌になるまではチャレンジ してみてもいいのかもなー。
両親の変貌ぶりが尋常じゃないんだよなぁ。何かの罠じゃないのか!? 皆死期が近いのか!?それとも痴呆が!?と思うぐらい良い感じだ。 そんな思いやりのあるいい人たちだったろうか?うーん…謎だ。
zaza9013
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