あごあごしい日々 

INDEX←過去未来→blogTwitterMAILmobileHOME


 +旬じゃないよねって話+

=強の雄叫び=
F1 RACINGに告ぐ!!
ミハエル特集で
表紙もミハエルのくせに
インタビュー1つも無しは
キサマ何様のつもりだーー


◆◆◆

鈴鹿の帰宅道、某にーさんと
「シューマッハって
もう旬じゃないよね〜
峠超えちゃってるよね」ってーな
お話をしておりました。

この話は、ミハエル自身の
“旬”では御座いません(笑)
ミハエルFanとサイトの
“盛り上がりとしての旬”ですなι

どういう事かと言いますと、
私も当時は知らないので(^_^;
推察で物を言ってますが。

ミハエルファンが
1番盛り上がった時期って
94〜跳ね馬移籍って頃だった
と、勝手に感じてるんですよね。

でも、日本が
F1ブームであった頃の
熱がミハエルに移る事はなく。
あくまで、ブーム/アオリ無しの
ファン単品としての盛り上がり。

そーゆー意味では地味ですが、
親派とか信者とか純粋に
惚れ込んでいたファン様が
多かったのはこの頃って感じ。

ただし、この頃。
インターネットは普及して無く
ネットもごく一部の人の
楽しみだった訳です。

その個人ミハエリストの
シューマッハF1熱は、
ミハエルが跳ね馬でWチャンプ
取る2000年までは続いていた。

98年からF1組の
私がパソコン買って
ミヒャネットデビューしたのが
1999年の出来事ですが…。

その頃は、今より大規模で
人気のミハエルサイトが
多々あったと記憶してます。
どこに住み着こうか悩むほど(笑)

結局、私は超大手の
Michael Schumacher Fans Paddock
様のトコロに寄らせていただいた
訳で御座いますが(^_^;

デビューから見続けてたり
94〜95年を見ていたりと
ミハエルFan歴が長く
その当時、収入のある
働く社会人な皆様たちが、
サイトの管理人だった訳です★

2000年以前のあの頃は
パソコン持ってネットするには
何かとおぜぜが入り用な
時代で御座いましたから…。

その方たちが働き続けるうち
カタガキに恵まれたり
仕事に追われるようになり

シューマッハが
Ferrariでチャンプ取ったから

とか、サイトに一区切り
付けるところが増え始め…。
2002年に至るまで
閉鎖&休止ラッシュ勃発!!

Formula Webさんの
F1サーチ2002年版とか
見てもらえれば解りますがιι
なんと消えたサイトの多い事か!

で、今は枯れた時代(笑)
枯れている時代だと
評価したいう次第です(--;

今、旬なのは
琢磨サイトとキミサイト…
ヤルノがいた頃なら
ヤル+アロ・ルノーサイトかな。

でも、琢磨サイトって
個人的にこぢんまりと運営してる
サイト少ないのがちと妙だ。
(手広くやってる所多し)

その点、キミサイトは
ヲンナノコばかりで
ドライバーズサイトはこう!!
って本筋スメルが漂います(笑)

夢見なきゃ、夢を!!!
殿方として憧れなきゃ!!!!
これぞ王道だと思いますぜ。

ミハエルサイトに欠けてる点は
此処につきると思います。
みんな容赦なく
私服指さして笑うもんな!!!!

まあ、枯れてるって
言葉は悪いんだけど(;´Д`)
私的にはバランスが良い
良い具合な状態だと
思っているんですけどね♪

昔から好きな人が寛容になり
本当に好きな人が残って
それでも新しいFanが増える。

初心者やヲトメファンを
にわかやミーハーとして
叩き潰す事もなければ、
コアな仲間同士で集まってる
他廃的な雰囲気もない。

これはF1サイトとしては
良い事だと思ってるから(^^)

タクちゃんなんてさ
下手にメディアが煽るから
「琢磨万歳」と「アンチ琢磨」に
ぱっくり分かれちゃって
不毛な宗教論争みたいに
なってるじゃん…(´・ω・`)

そのファンの生きの良さこそ
“旬”なのかも知れませんが…

私みたいに?!
みんなからミハエルが
褒め称えられなくっても良い。
嫌いな人は嫌いで良い。
評価されなくてもかまわない。

でも、私がこれほど
ミハエル好きなんだから
同士が居るに違いない
誰か好きな人居ませんか〜?
的枯れる事の素晴らしさを
伝授出来たらなと思うよ(笑)

でも、タクちゃん周りは
まだ収まりそうに無いねぇ。
勝っても、負けてもだ。



2004年10月23日(土)
←過去未来→
やくに /