あごあごしい日々 

INDEX←過去未来→blogTwitterMAILmobileHOME


 +94年と2003年の悲劇+

私が夜中の3時帰宅って
1番佳境です@仕事っ!! て日に。
会社で自分ちの掲示板を
チェックしに行って、驚いた。
(仕事しましょう/笑)

3桁以上の数字は覚えないんで、
もの凄いうろ覚えな感覚でしたが

何だか凄い具合に
カウンターが回ってるよ!!
…な、気がしたんだな。

次の日に気が付きました。

ミハエル・シューマッハ
10年前のサンマリノの悲劇を語る。

自宅でネット見る時間無いから、
情報が周回遅れです_| ̄|○

従って・カウンタ回転は
このミハエル発言に関して、
皆々様がシューマッハサイトを
巡り歩いたんじゃないかと…
拙い頭で予測しました。

で、遅ればせながら
私の感想を書いておきます。

ただし、お願いがあります。
セナ好きは読んで下さいますなι
つ〜か、激しく読むな奨励。
(警告です)





◆◆◆

私がF1を見だしたのは
1998年からですから。
大変に申し訳ないのですが、
セナというドライバーを知りません。

彼を知らないことが
F1ファンとして“悪い”とも
思っていなかったりします。

どっちかというと、
F1ファンだからッてだけで
「当然、当時を見知ったように
彼を語る」方が“悪い”気がする。

だから、私はこのサイトで
彼のことは語りたいと思わないんだ。

ミハエルが彼の事を
「どう思っている+想っていた」
かって事も、ミハエルの口から出た
言葉を額面通りに受け止めれば
良いことだと思っています。

下手な妄想も贔屓目も
捏造も脚色もしないでさ★

感傷的に“失った”ミハエルに
カワイソウと同情したりも
出来ないっつーか。

人間の生死なんて
プライヴェート極める琴線に
他人が触れちゃイケナイと
思うことが、私の優しさなんでね。

私はミハエルファンでしかない。

ブルー入ったミハエルを
優しく撫で撫でしてアゲルのは
コリーナちゃんのお役目だし(笑)

ま、これは。
2003年のサンマリノの
ミハエル見てても思ったことだな。

第一、自分で乗り越えてなきゃ、
今もF1走ってないだろ、多分。




おっと、蒸し返しなので、
話を戻します。

私は本当にセナを知らない。
写真を見ても、後ろ髪が跳ねてないと
セナだって判らないくらいだι

でも、当時。ご学友が
私なんかを遙か〜に超えた
超絶F1ファンだったため(笑)

当時のF1が、セナが
どんなモノであったとかは
GPウイーク後の3時間電話で
耳学問として知っています。

そして、私の中で

当時の耳学問の様子が、
去年、私自身が
加藤大治郎で感じたことと
被るような気がしています…。


私は、何度文字面を見ても、
【天才の夭逝】って言葉は
好きになれませんでした。

美人薄命って言葉も
そうなのかも知れないけど。

人の生死に才能や何かで
“重さの比重を変える”のが
好きではないからかも知れない。

だから
“ラッツェンバーガーも有るよ”
的な扱いはすこぶる嫌いだ。
同じ1人の命なのに。
その点、正直に言うと
ミハエルはコメントに
名前出しててホッとした。
F1の魂は読める男なんだね!!


人の生死は天命だ。
生は不平等でも、
死は平等に訪れるとか
思っているしさ。

起きてしまったことは、
変えられないのも運命だと
解ってはいるんです。

それでも。
【天才の夭逝】って言葉なんかで
一括りにされないで。

勝てなくても良い。
生き恥晒すような人生が
待っているとしても良い。
“生きていて欲しかった”
と、切に思う。

宗教心的タブーに触れるくらい
言葉が悪い例えだけど。

こんなお別れの仕方は
『大変に野暮なんじゃないか』
とすら、思うことがある。

これをF1に置き換えると、
94年になるのかとかね。

でもこれは、
加藤大治郎へのお話。

それ位です。
ご期待に添えずスマンな…



2004年04月15日(木)
←過去未来→
やくに /