一平さんの隠し味
尼崎の「グリル一平」のマスターが、カウンター越しに語ります。
目 次|過 去|未 来
第二部 その5
「早く!一平さん早く!もうーそこまで来てる!足・足・その右足の下に踏んでるのが、タマ!早く!」
「あああ!これや!」・・・・・・私は足に敷いてた柄の長い網を取って、トシちゃんに渡そうとしたら、
トシちゃん、あわてて、直角に曲がった竿を見ながら、私の方を向こうともせず、必死に声をあげて、
「アカン!片手でタマを待たれへん!一平さん!チヌの頭が見えたら頭のほうからその網で、すくって!」
私はタマを両手で、しっかり持って!浮かび上がろうとするチヌを待ってました、・・・今でも憶えてるのは
その時、私は一瞬!頭をよぎったんです、
(このでかい、チヌを釣り上げたらたら、それこそ優勝やわ!みんなビックリするやろなー)・・・と、
それを思った瞬間!上がってきそうな、そのチヌは、ふたたび最後の力を振り絞り海底に向かって、
沈もうとしたんです。トシちゃんが・・・「オオオーエエエーまだ、凄い引きやんか」・・・・・そのとき、
イカダをつないでるロープが何本かあるんですけど、そのロープには貝がいっぱい、くっ付いてて、
その貝に糸が触れたのか・・・・・・・・・・・「プツン」・・・・・・・・・・・(あああああああああああああ)
神様は私がちょっと甘い考えをしたことを、見逃さなかった!海の神様は怒ったのでしょうね。
トシちゃんは、呆然と海の底をじーっと見ていた、立ちっぱなしの体から力が抜けていったように
腰からストン!と、座った!周りのみんなから・・・「おしかったなー、」「へこむわなー」
いままで躍動美に染まってた、あの竿が、ただ、ただ、まっすぐに伸び、その先からテグスが30センチほど
垂れてるサマは、何と虚しい光景でした。・・・・そして・・・トシちゃんが私に言ったんです・・・、
「すいませんでした、上げれなくて・・・タマぐらい教えとかな、あかんかった・・・」
私は・・・言葉もなかった。
またこの次
|