 |
 |
■■■
■■
■ もとめるもの
私が 最も もとめるものは
きっと
「人の役に立っている」という充実感。
音楽家としては
長所であり 短所である かもしれない・・・
この気質。
例えば ソリストで活躍する知人達に共通するのは
「自己愛」。
自分が人より素晴らしい。
自分が人から注目される。
自分が人より優れている。
この欲求が色濃く出ないと、
厳しい競争を勝ち抜くことは出来ない。
私にも この欲求は大いにあるんだけれど。
でも、
「自己愛」 と 「譲る愛」 を天秤にかけたとしたら
後者の方に 傾くかもしれない。
人の役に立てた時が、人として一番幸せだ・・・。
そんな感覚が、昔から思想のルートにある。
自己愛の強いタイプの人は、
ひたすら自己表現を探求し、
技術的にも素晴らしい造形物を作り出す集中力があるだろう。 犠牲的な愛をよしとする人は
自分のことは多少至らずとも
周囲の人が心地よくあるように行動する力がある。
現実として・・・。
音楽家として、成功しやすいのは 前者だろうな・・・。
日頃、私は
人としては、正しい感覚でいると自負しているんだけど、
いざ、音楽家として成功したい、と欲する事とは
相反することのようで、難しい。
難しいけど・・・ 両立したいな。
心優しく犠牲的な愛を持つ人であることと、
音楽家として、優れていること。
いつも その狭間で揺れ動いて、
「私はどっちつかずだ・・・」
と 自分を責めるこのローテーション そろそろ断ち切ろうと思う。
私「だから」 出来る音楽があるはずだ・・・。
--------------------------------------------------------------------
恋人は どちらかというと 自己愛型かな。
自分の居場所を頑固なほどに知っているから、
色々な不条理と「戦う」力を持ち合わせている。
この強さは真似出来ないな・・・と思う。
私は 逆に、不条理を「許す」力を持っているのかもしれない。
不条理は、ずるさ であり。
不条理は、弱さ から来る。
不条理のずるさを、戦ってやっつける力も必要。
不条理の弱さを、許して包んで癒す力も必要。
どちらかが正解で、どちらかが間違っている、のじゃなくて
どちらのエネルギーも 世の中に必要だ。
役割の違いかもしれないな・・・。
ケンカしたのも、この件だったんだけど、
数日間、考えて 何となくそんな正解に近い感覚を持った。
そして、自分と違う正義を持った人と
熱く語り合えて、
正義感の幅が広がったこと、嬉しかった。 「犠牲愛こそすべて」みたく一人で思い込んでたら、
戦って勝ち得ることで世の中に貢献している人達を
無視、否定する間違いを起こすところだった。
恋人に、神様に、またまた感謝・・・。
--------------------------------------------------------------------
師匠が あるプレゼン用に自作曲の資料を集めていた。
私も過去の曲からず〜っと聴かせてもらった。
感慨深かった。
技術的にも、感性も、成長の跡がありありと見える(聴こえる)。
日々、人の批判や自分への批判、自信の低下、コンプレックス、
色んなものと戦い続けて来た結果なんだなぁ・・・
まぁ 最初の方から素晴らしいのは素晴らしいんだけど。
ここ数年の師匠の音楽は
情緒的に洗練されたんだろうなぁ・・・と感じる。
大人になった?!(^ ^*)ぷふふ
なーんて言ったら殺されるか(^^;)アセアセ
2005年09月28日(水)
|
|
 |