Gift -spiritual song- 
Bordeaux Snow



 もとめるもの

 私が 最も もとめるものは 

 きっと 

 「人の役に立っている」という充実感。


 音楽家としては

 長所であり 短所である かもしれない・・・ 

 この気質。


 例えば ソリストで活躍する知人達に共通するのは

 「自己愛」。

 自分が人より素晴らしい。

 自分が人から注目される。

 自分が人より優れている。

 
 この欲求が色濃く出ないと、

 厳しい競争を勝ち抜くことは出来ない。


 私にも この欲求は大いにあるんだけれど。

 でも、

 「自己愛」 と 「譲る愛」 を天秤にかけたとしたら

 後者の方に 傾くかもしれない。


 人の役に立てた時が、人として一番幸せだ・・・。

 そんな感覚が、昔から思想のルートにある。


 自己愛の強いタイプの人は、

 ひたすら自己表現を探求し、

 技術的にも素晴らしい造形物を作り出す集中力があるだろう。
 
 
 犠牲的な愛をよしとする人は

 自分のことは多少至らずとも

 周囲の人が心地よくあるように行動する力がある。



 現実として・・・。

 音楽家として、成功しやすいのは 前者だろうな・・・。


 日頃、私は

 人としては、正しい感覚でいると自負しているんだけど、

 いざ、音楽家として成功したい、と欲する事とは

 相反することのようで、難しい。

 
 難しいけど・・・ 両立したいな。

 心優しく犠牲的な愛を持つ人であることと、

 音楽家として、優れていること。


 いつも その狭間で揺れ動いて、

 「私はどっちつかずだ・・・」

 と 自分を責めるこのローテーション
 
 そろそろ断ち切ろうと思う。


 私「だから」 出来る音楽があるはずだ・・・。


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 恋人は どちらかというと 自己愛型かな。

 自分の居場所を頑固なほどに知っているから、

 色々な不条理と「戦う」力を持ち合わせている。

 この強さは真似出来ないな・・・と思う。

 私は 逆に、不条理を「許す」力を持っているのかもしれない。

 
 不条理は、ずるさ であり。

 不条理は、弱さ から来る。


 不条理のずるさを、戦ってやっつける力も必要。

 不条理の弱さを、許して包んで癒す力も必要。


 どちらかが正解で、どちらかが間違っている、のじゃなくて

 どちらのエネルギーも 世の中に必要だ。

 
 役割の違いかもしれないな・・・。

 ケンカしたのも、この件だったんだけど、

 数日間、考えて 何となくそんな正解に近い感覚を持った。
 

 そして、自分と違う正義を持った人と

 熱く語り合えて、

 正義感の幅が広がったこと、嬉しかった。
 
 「犠牲愛こそすべて」みたく一人で思い込んでたら、

 戦って勝ち得ることで世の中に貢献している人達を

 無視、否定する間違いを起こすところだった。


 恋人に、神様に、またまた感謝・・・。


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 師匠が あるプレゼン用に自作曲の資料を集めていた。

 私も過去の曲からず〜っと聴かせてもらった。

 
 感慨深かった。

 
 技術的にも、感性も、成長の跡がありありと見える(聴こえる)。

 日々、人の批判や自分への批判、自信の低下、コンプレックス、

 色んなものと戦い続けて来た結果なんだなぁ・・・

 まぁ 最初の方から素晴らしいのは素晴らしいんだけど。

 ここ数年の師匠の音楽は

 情緒的に洗練されたんだろうなぁ・・・と感じる。

 大人になった?!(^ ^*)ぷふふ

 なーんて言ったら殺されるか(^^;)アセアセ
 
 

2005年09月28日(水)
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