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■ 病院&公園&ラウンジ
一日で色んな場所へ(^^;)。
今日は初めて、病院で泣いてしまった。
カウンセリングの時、つい感極まって。
私が泣くのは、泣く事を、相手に許してもらえるという安心感を察知してから。
そういう相手は、そうそういない。 大抵は、泣く程も相手に心を許しきれず、緊迫している。
泣けたという事は、相手を信頼しているという事だ。
相手にとっては、泣かせてしまったのか?と困られるのかもしれないけど・・・
難しいんだけど。
私に泣かれたら、心許されてると思って許してね(^^;)。
実家に帰省して・・・
親と接して、つくづく実感したこと。
「愛」と「不安」と「嘲笑」と「蔑み」の中で
安堵と緊迫の両方を抱えながら 18年間生きていたんだな。。
親を、尊敬しも、愛しもしながら 同時に、与えてもらいたい種類の愛がもらえなかった恨みも根強く存在している。
難しいな・・・。
親自身の不安やコンプレックスを
私が蔑まれることによって癒し役を背負わされていた・・・。
そんな感覚。
んー、、心理学の奥深い領域にまで行きそうなので、分析は難しい。
でも、「家族が幸せになる心理学」(加藤諦三・著)
など書物を色々読んで、大分問題が解けてきている気がする。
私の鬱病は、先天的な脳の異常プラス、上記の著書のような
家庭環境による後天的なものと合わさって表面化していると思う。
病院の先生は、それら過去を紐解くことに重点はおかない。
この状態から、どうするか、を一緒に考えてくれる。
「今 あなたが、休みたい、と 働かなければ、の間でせめぎあい、
結局休む方を選んでいるのは、やはりそれが必要な時期と
あなたが判断しているからだと思いますよ。
ちょうど風見鶏のように、あなたの回転する脳が
風を受けて回っているのでしょうね。
きっと風がやんだ時に、自然と指した方角が、
あなたの行きたい道でしょう。
本当はわかってるんでしょうね。
前も言ったと思いますが、
あなた自身が「感じてる」感覚をもっと信じていいんだと思いますよ。」
は〜〜・・・。
プロってすごー!
表現の仕方、なるほどなぁ・・・と感心してしまった。
でも最後の一文は師匠にも、恋人にも、婚約者にも、再三言われている事だ(^^;)。
ふぃ〜
このわからずやの私に延々とつきあってくれてる周囲の人に感謝・・・(^^;)
午後は、イサムノグチ構想、アーティスティックな自然と彫刻の融合の広大な公園。
「海の噴水」でつくられた虹(^-^) ↓
久々画像アップ♪
先日の花火とか色々撮ったのでまたアップしよーっと。
ラウンジはいつもの仕事。
最近ちょっとだけ弾き語りバックコーラスもしてる。
お客様が「え?誰?あ、ピアニスト?きれ〜(←声が、ね(^^;))」
と驚いて喜んでくれた。わーいo(^-^)o
出来ないずくしだけど
日に日にましになってるのは実感している。
マイペースに考えたら楽しいの。
今日はメロディのある曲だけじゃなくて、
「風鈴」と「さざ波」をイメージして
その場でテキトーに作って弾いたりしてみた。
ドビュッシー・リスト・ジョージウィンストンの匂いがする感じの音列。
ルーマニアシンガーがえらく感動してくれて、
これはちゃんと宣伝しなくちゃぁ〜!と言ってた。
今まで 自分が奏でられる音楽を
感覚では広義に捉えていながら、
「すべき脳」がそれを狭めてえらく狭義に捉えていたらしい。 最近映画を観始めて、さらに実感している。
これはカンペキ、師匠の洗脳?が大きい。
ありがとござぃます(^^;)
気づくべき事にやっと気づけてきたですよ〜。。。
おそっ。
ケータイの画像をパソに移す作業をしつつ
「WATARIDORI」っていう映画も観た。
素敵。。。
この調子で 精神的にリラックスしながら進みたいなぁ・・・。
2005年08月17日(水)
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