| 2005年09月18日(日) |
「サウスバウンド」読み終わる |
これも、読めない日が多く、1カ月近くかかってしまった。 500ページ以上もある長編である。
最初読み始めたとき、小学6年生の子どもが主人公で、 子どもの世界の物語が延々と続くので、読むのをやめようかと思った。 しかし、父親が元過激派の、今は組織から離れ、 無政府的生活を送る孤軍奮闘の闘士である。 税金は堂々と納めず、雇われて働く気は一切なく、 国家の手先とおぼしき人物は誰でも彼でも敵に回し、何の引け目もない。 母親も元過激派だったが、今は一切の活動からも思想からも身を引いている。 かつての仲間をかくまい、彼が刑事事件を起こしたのをきっかけに、 東京に住むことをやめ、父の郷里でもある沖縄の西表島に移住する。
美しい自然、自給自足のために俄然働き出した父、親切な島民たち、、、 移住に不満だった子どもたちの心が、徐々に変化していく。 何はともあれ、父と母は、ようやく楽園へとたどり着いたのだった。 しかし、楽園は、ここでも長続きしなかった。 リゾート開発との闘いを余儀なくされることになる。。。
母親のこんな言葉も、小説の最後では非常に説得力がある。 「おとうさんとおかあさんは、人間としては何ひとつ 間違ったことはしていないんだから。 人の物は盗まない、騙さない、嫉妬しない、威張らない、悪に加担しない、 そういうの、すべて守ってきたつもり。 唯一常識から外れたことがあるとしたら、 それは、世間と合わせなかったってことだけでしょう」 「それがいちばん大きなことなんじゃないの?」 「ううん。世間なんて小さいの。世間は歴史も作らないし、人も救わない。 正義でもないし、基準でもない。 世間なんて、闘わない人を慰めるだけのものなのよ」
父親が息子に語るこんな言葉も、非常に説得力がある。 「二郎。前にも言ったが、おとうさんを見習うな。少し極端だからな。 けれど、卑怯な大人にだけはなるな。立場で生きるような大人にはなるな。 これは違うと思ったら、とことん闘え。負けてもいいから闘え。 人と違っていてもいい。孤独を恐れるな。理解者は必ずいる」
ちなみに、この父の名は、上原一郎、子の名は二郎である。 その名が出るたびに頭の隅にちらついたのが、太宰の「斜陽」である。 ヒロインのかず子が、道徳革命と称して世間との闘いを決意した、 その恋の相手の無頼作家役の男が、上原二郎という名である。 これが単なる偶然なのか何なのかは、もちろん知らない。
昨日からきょうにかけて、もうくったくたである。 3連休を満喫できる人々というのは、いったいどういう人種なのだろう? 前世でよほど功徳を積んだ人にちがいない。 私などは、前世で人をこき使い、虐げていた悪人だったのだろう。 その報いが、今降りかかってきているにちがいない。 そんなの、ひどいじゃないかー(`ε´) いい思いした覚えなんてないんだぞーー(`ε´) 何でこんな思いだけしなきゃならないんだぃ(`ε´)(`ε´)
・・・な〜んてことを思った時間もあったけれど、 この小説が、そんなこせこせした思いを吹き飛ばし、大らかにさせてくれた。
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