| 2005年08月27日(土) |
すばらしき「オペラ座の怪人」 |
ロードショーは見そびれてしまい、予約しておいた映画版ののDVDが 昨日外出から帰ったら届いていた。 夕食後少し宵寝(酔寝?)してしまったり、メールの返事に時間取られたり、 昨夜はなかなか見ることができず、そろそろ寝る時間になったのだが、 どうしても我慢できず、夜中の1時もかなり過ぎてから見始めた。 寝るのが4時ごろになってしまうと思っても、もうためらわなかった。 きょうがもし出勤だとしても、やめられなかっただろう。
ここ数年間で見た中で、最高の映画だ。 すでに、音楽は全編通じて名曲の連続だし、 台本も、20年間世界中でロングランされているわけだから確実だし、 残るは映像美だけ、ということになるが、おそらくそれに賭けてきたらしく、 もう最初から最後まで驚きの連続である。 群衆シーンなどの演出も実に気がきいていて精緻だ。 4時過ぎに横になってからも、しばらくは興奮のために寝つけなかったし、 4時間ほど眠って目を覚ましたときも、まだその余韻が残っていた。
たぶん、私がとりわけ感動する理由は、 すでにミュージカルを何度も見た長いファンとも違うだろうし、 この映画でほとんど初めてこの物語に接した人とも違うはずである。
2年前の4月か5月ごろにサラ・ブライトマンの歌声の虜になってしまい、 CDもDVDも見つかる限り手に入れる中で、 7月の初めにこのファントムのロンドン・オリジナル・キャスト盤を買った。 これを繰り返し聞く中で、私の中でサラちゃんの地位は確固たるものに なっただけでなく、このミュージカルの音楽も非常に高い地位におさまった。 プッチーニやワーグナーのオペラよりも好きなオペラ、というほどに、 この全編の音楽が好きになったのである。 しかし、対訳本を何度か読んでも、どうもよくわからないところもある。 場面がなかなかイメージできないところも多い。 クリスティーヌがファントムやラウルとどういう気持ちで接しているのか、 どうもよくつかみがたい、、、これで、世界中の多くの人々に愛される物語 であるのは、なぜか、寧ろ不思議な感じを受け続けてきたものだ。 つまり、実際の演技的な部分はわからないまま、 音楽だけはだいたい覚えてしまって、心酔していたということだ。 映像化されたものは出ていないか、調べてみても、 このミュージカル版とはぜんぜん違う話のようなのしか出てないようだった。
昨夜、こういう点での今までの謎がすべて解けたのだ。 実にわかりやすく物語が展開していたではないか。 音楽だけを味わっていたさまざまな場面の意味が、 とびきり上質な映像とともに明らかになっていく感動をも味わったわけだ。 そして、聞こえる音楽も、意味がはっきり加わって、 ますます心を揺さぶってくるようになったわけである。
昨年、映画ができて封切られる前に、サントラ盤をさっそく買った。 この映画のためにウェーバーがかなり音楽を手直ししたと聞いたからである。 音楽の流れがオリジナルと違っているそうなので、 映画を見る前にそういう流れにも慣れておかなければならないと思ったのだ。 確かに、オーケストラがますます充実して迫力を増していた。 しかし、非常に落胆したのはクリスティーヌの声と歌の表情である。 その落胆が、ロードショーの間、見に行くのを延ばし延ばしにするのを 案外平気にさせていたのかもしれない。
しかし、昨夜見て思ったのは、クリスティーヌの歌声の遜色などというのは、 この映画全体の魅力から言えば、実に些細な問題だったということだ。 やっぱり、1、2度は映画館でちゃんと見ておくべきだった。 明日は、居間のスクリーンで楽しむとしよう。
きょうの昼には特典映像盤を見た。 全部見るとかなりの時間なので、サラちゃんの歌の映像と、 (コンサートの映像をパクって来たんだったら怒るぞ、と思っていたが、 そうではなく、若いころのプロモーションビデオのようなものだった) 20年ほど前の、ミュージカルを作っていたころの思い出話の番組を見た。 だから、当時のサラちゃんの映像をちょいちょい見ることができた。 もう、めっっちゃかわいいので、ますますやられてしまった。 声といい顔といい、クリスティーヌはサラちゃんのためにある役なのだ。 (実際ウェーバーは、彼女ゆえにこのミュージカルを作ったのだ)
でもなぁ、40過ぎたおばさんに17歳の役を映画で演じさせるわけにも いかないし、20年以上前だったら、こんなきれいな映像を作れたかどうか わからないし、、、うまくいかないものだ、、、あーー、くやし!! 画質は問わないから、あのころ、ロンドン・オリジナル公演の録画が、 1本くらいは完全に保存されてないのだろうか、、?
|