「テストのない国に行きた〜〜い!(T_T)」と叫び始めて20年近くになる。 勉強嫌いの子どもたちと同じ叫びだが、受けるのが嫌いなのではない。 試験を作ることと採点することとが、もうイヤでイヤでたまらないのだ。 小・中・高時代のささやかな経験や、教員になったころのことを思い出すと、 試験を作ることも採点することも、そんなに嫌いではないはずだった。
嫌いになり始めたのは、教員になって2校目の学校に赴任してからだ。 何かと忙しい学校だったが、その一番の原因は、 分掌主任というのがどいつもこいつも自分の仕事は最小限にとどめて、 部下たちに仕事を押しつけるのを誇りにしていたせいであろう。 それで、いつも膨大な仕事を抱え込んでいた。 その上、国・数・英に関しては、年間10回試験があるのだ。 定期考査5回、課題考査3回、実力考査2回、、、この計10回の考査が、 国・数・英の教員には否応なしに課せられるのである。 保健とか家庭科とかだと、年3回きりである。 ところが、我々の場合は、毎月試験を作り、採点し、 毎月、半月ばかりの間試験のために悩まされるのである。 それでうんざりしない人間がいたら、そっちが異常なのである。
それ以後、10回というほどではないにしても、 国語科は、全日制ではたいてい年7、8回の試験を課せられる。 しかし、本当の苦痛はそこではない。
この20年ほどの間に、ケータイ、ゲーム、PC、TV番組など、 著しい進化を遂げ、それによって世間の生活様態も変わった。 大ざっぱで投げやりで無神経な生徒も増えた。 採点時、解読不能に悩まされることもますます多くなる。 採点に時間がかかってしょうがないのだ。 試験問題を作るにあたっても、気を遣うことが多くなった。 だから、作る時点でも時間がかかってしょうがないのだ。
きょうは早起きして、月曜日の現代文の試験の問題を昼前に完成し、 午後から学校に行って印刷した。 夜、火曜日の古典講読の試験問題を作り終えた。 イヤイヤの仕事なのでなかなかはかどらないのだが、こればっかりは、 当日に、まだできてませ〜んf^_^; というわけにはいかない。 当日の朝に印刷するという強者も稀にはいるそうだけれど、 私は1度その強者のひとりが、当日の朝印刷しようとして、 印刷機が故障していて、パニクっているのを見たことがある。 (運よくそこには定時制があり、定時制職員室のを借りて印刷できたが、 それがなかったらどうなっていたことか、、、)
とにかく、私にとっては、試験作りも採点も難行苦行である。 賃金支払ってでも、バイトを雇って全面依頼したいほどイヤである。 でも、試験期間はもちろん好きだ。 だから、試験がなくなってしまっても困るわけだ。
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