| 2003年09月15日(月) |
トルストイ「イワンのばか」 |
部屋の片づけをしようとして、トルストイ民話集を手にとって、 本棚に立てるべきところを、開いて「イワンの馬鹿」を読み始めた。 大体の内容は覚えているが、細かい経緯を忘れている。 文庫本にして50数ページほどの短い話なのに、 簡潔にその内容をまとめるのがなかなか難しそうだ。
正確には「イワンのばかとそのふたりの兄弟」という題である。 長兄のセミョーンは軍人としての貪欲な野心家であり、 次兄のタラースは商人としての貪欲な野心家であり、 イワンは戦闘や金銭とは無縁に野良仕事に精を出して父母と妹を養う。 老悪魔がこの3人兄弟を仲違いさせようと企てているが、うまく行かない。 それで、3人の小悪魔がそれぞれの兄弟の仕事をめちゃくちゃにさせて、 貧乏になったところで再会すれば、きっと喧嘩を始めるという作戦をとった。 2人の兄たちは、いとも簡単に小悪魔の奸計で身を滅ぼして 故郷に逃げ帰ったが、イワンを攻略するのは、悪魔たちには困難だった。
3人の小悪魔が順々にイワンの仕事を邪魔しようとするが、 無心に働くイワンを邪魔しようとしている間に、見つかって捕らえられる。 1番目の小悪魔は、命乞いに、どんな病気でも治す木の根を教えた。 2番目の小悪魔は、藁から兵隊を作る術を教えた。 3番目の小悪魔は、木の葉から金貨を作る術を教えた。 そして3人とも、イワンが放すときに「神さま」という言葉を使うので、 (「神さまがお前についていて下さるように」というように) 地中に飛びこんで、穴だけぽっかりと残して姿を消してしまう。
〈ばか〉というのは、純朴・質朴・正直・無欲のような意味だろう。 イワンは余計な欲を出すことなく、ただ正直に働いているだけだ。 2人の兄が財産を持ち出すときも、「かまうものですか。あげて下さい」 財産を没収された上死刑になるところを逃れて帰ってきたセミョーンの、 妻が(世話になるにもかかわらず)農夫の臭いを嫌がるので、 セミョーンがイワンを外に出そうとすると、「ああいとも」と仕事に出る。 小悪魔に教わった術で、セミョーンに兵隊をたくさん作ってやったが、 その兵隊が人を殺したと聞くと、断固としてもう作ってやらない。 イワンにとっては軍隊は、軍楽隊を楽しむ以外の意味はないのである。 同様にタラースのために多くの金貨を作ってやるが、 その金貨である家の牝牛を強引に買い取った話を聞くと、もう作らない。 イワンにとっては、金貨は子どもの玩具くらいの意味しかないのである。
そのイワンが、王様の娘の病気を治した(それが不思議だが、ここでは略)。 イワンはその娘の夫となり、やがて王の地位を継いだ。 先王の葬儀が済むと、イワンは野良仕事に出た。 それを止める人々に、「王様だって食わなくちゃならない」 大臣が役人たちに支払う俸給がないと言いに来ると「払わなきゃいい」と言い、 それでは勤める者がなくなると言うと、「勤めなくなればそれでいい」と言う。 「その方が働くのに自由でいいだろう。ま、肥やしでも運ばせておけばいい」 盗まれたと訴えに来る者には、「つまり、入り用だったんだろう」 やがて、〈賢い人々〉は国から出て、イワンのような〈ばか〉ばかりが残った。
老悪魔がついに自らイワンを陥れる作戦に取りかかる。 イワンの国に軍隊を作らせようと目論むが、失敗する。 次にタラカン王を唆してイワンの国に侵略させる。 イワンは「いくらでもこさせるがよい」と放っておく。 民衆たちも、まったく無抵抗で、取られるにまかせて呆然としているだけだ。 「生活に困ったら、わしらのところにきて暮らすがいい」と勧める人さえいる。 兵隊たちはどこに行っても闘う軍隊もないのに嫌気がさしてしまう。 王はもっと侵略を強化して、家や穀物を焼き、家畜を殺し始めた。 「何のためにわしらをいじめるのだね? 何のためにわしらのものを無駄に するんだね? 入り用ならみんな持っていって使ってくれたらええ」 やがて兵隊たちは、自分たちがしていることが悲しくなって、逃げていった。 次に、老悪魔はイワンの国に金貨をばらまこうとするが、 人々は、玩具や飾り程度に必要な分しか欲しがらないし、 頭で働くことを熱心に説き聞かせようとするが、人々にもイワンにも通じない。 その老悪魔もついに力尽きて、地中に入って姿を消した。
イワンの国には多くの人が養ってもらおうと押しかけてくる。 『「いくらでもいなさるがいい。わしのところには何でもどっさりあるから」 ただ、この国にはひとつの習慣がある。 手にタコのできている人は、食卓につく資格があるが、 手にタコのない者は、人の残り物を食べなければならない』(末尾引用)
・・・・・・・ こんな国は、現実には存在し得まい。 この物語では、盗む者も殺す者もイワンの国の中に存在しなくなったし、 侵略戦争に入り込んできた兵士たちも、散り散りに逃げ出してしまった。 現実にはなかなかそういう風には人々が動かないものである。 けれども、イワンの国の精神は、究極の理想である。 どんなに機械文明化されようと、支配者も含めてすべての人々が この精神で暮らせれば、国のみならず、世界が平和である。 けれども、悪魔に唆されやすい貪欲なやつらは後を絶たないし、 無数に存在する、、、だからトルストイは、特異な一国に限って描いたのだ。 ま、ひとつの国に限っても、現実的には虚しい理想にちがいない。 けれども、世界のそこら中に、小さな集落単位で、こんな精神で暮らしている 人々が実際に存在するということは、あり得ないわけでないと思う。
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