TENSEI塵語

2003年07月20日(日) ブレーキ

車を6カ月ごとの診察に持って行った。
診察途中に、ブレーキパッドがあと1〜2カ月の命という宣告を受けた。
もちろん即答で交換をお願いしたが、冷や汗ものである。
夏休みに入るゆとりある時期だからよかったものの、
あわただしい時期だと、1カ月くらい遅れて診察してもらうこともあるし、
今まで1度だけだけれど、診察をズルして1年あけたこともある。
知らずにもう2〜3カ月でも運転していたらどうなったことか。。。

ところで、この車は4年目である。
車屋に言わせても、ブレーキパッドの交換が早いそうである。
最近、よくキーキー言っていたのは気になっていたけれど、
それは必ずしも摩耗のせいとは限らないし、
以前に1回交換済みだという記憶が、まだまだ安心感になっていた。
しかし、よく思い出してみると、前に換えたのはまだ2年経ってないころだ。
あの時も、早いですね、と言われたものだ。

前任校での通勤距離は片道24キロ弱だった。(今は15キロである)
渋滞するところをできるだけ避けても、3カ所は渋滞した。
渋滞を避けるため、まっすぐ行けばいいところを余計に何度か曲がるわけだ。
急がば回るべきところがいくつもあった。
それでも、3カ所ほどの渋滞は避けようがなかったわけである。
曲がるときには減速する、そして曲がり終えたら急加速する。
所要時間を最短にするために、安全と思えば急加速である。
そしてすぐにまた急速な減速をし、過度を曲がり、曲がり終えたら、、、
このくり返しだから、正攻法のドライバーに比べて
何倍もプレーキを酷使していたわけだ。
また、直進路でも、郊外の道路というのは、
脇道からちょろちょろ出てくる車が多いものである。
それが、のたのた、とぼとぼ、と変なタイミングで出てくるので、
我々の通行が妨げられてブレーキを踏まざるを得なくなる。
直進車に不本意なブレーキを踏ませないで出ることを鉄則にしている私には
信じられないような図太い進入をする人たちが多いものだ。

前任校時代は、毎朝がそんな風に戦闘的だったし、帰りも大半そうだった。
今の学校に移ったら、通勤距離が短くなっただけでなく、
曲がることが何分の一かに激減した。
今の通勤コースが最短であることは明らかだし、
よほどの大障害で大渋滞にならない限り、急がば回れは通用しない。
角を曲がるという箇所は数カ所である。
合流や渋滞や信号でブレーキを踏む場面はもちろん多くあるけれど、
以前に比べたら、これも半分以下、何分の一かに減っているように思う。
ブレーキパッドの摩耗も、かなり緩和されることだろう。
それ以上に、神経の摩耗が緩和されていることは、もうすでに実感している。


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