できれば担任は避けたいという思いは、大体次のようなところから来る。
1、毎日のST、毎週のLTがめんどくさい。 2、服装指導などの生活指導の責任者としていろいろ降りかかってくる。 3、学校祭などの活動を引っ張るのがめんどう。 4、保護者会。 5、指導要録。
どれも、生徒がみんな手のかからない子たちばかりだったら、 めんどくさくて時間を取られても、かえって楽しいものかも知れないが、 やっかいな生徒が多ければ多いほど、精神的にも肉体的にも時間的にも 負担が増すばかりで、担任をする被害意識の方が増してしまうものだ。 小中学校だと、副担任も少なく、担任をするのが基本なので諦めがつく、 けれども、高校ではたいてい担任と副担任が半々なので、 できれば、めんどうで煩わしいことの多い担任を避けたい気分になるわけだ。
私自身は、1、2、3はさほど苦にならないのだけど、 保護者会期間や指導要録を四苦八苦して書いているときは、 実に損な気分になる。 指導要録など、99%反故になってしまう無駄なもののためにかける労力は、 もうばかばかしくて呪いたくなるほどである。 保護者会は、その点、まだいろいろと意義深い面もあるけれど、 休憩で職員室に戻ったりしたときに、 好きな読書をしたり、ソファで退屈そうに居眠りをしている副担任をみると、 じつに理不尽だという不満が押し寄せてくるのである。 特に数年前まで担任をしていたころは、 保護者会の午後は、懇談と、クラスの学校祭活動指導と、部活動の指導と、 3本立てで追いまくられていたから、そういう思いが強かった。 つまり、3時から4時半までは、吹奏楽部の合奏指導、 その前後に懇談を詰め込み、少し空きができればクラスの様子を見に行っていた。 午前中は、授業の合間に懇談の準備やら、コンクール運営の準備やら、、、 こうしてめまぐるしく複雑な役をあたふたこなしているそばで、 ヒマヒマおじさんやヒマヒマおばさんを見ると、 どうしてもっとうまく分担できないのかな?とイライラしたものだった。
けれども、前任校では保護者会が5日間あったので、 そんなスケジュールであたふたすることも可能だった。 久々の保護者会は、たったの3日間である。 きょうは15人で、4時間の懇談に耐えられるかと不安だったが、 さいわい、よくしゃべるおかあさんたちがほとんどだったので、 どちらかというと聞き役になっている時間が多くて楽できた。 ノートにカルテのようなものを作っておいたので、困ることもなかった。 学校指定は三者懇談だったけれど、それを無視して二者懇談にしたので、 貴重な情報をいくつも得ることもできた。 それでも、顎は次第に硬直し、頭はだんだんぼぉぉ〜っとしてくる。 終わった後はぐったりして、しゃべりたくもないし動きたくもないけれど、 それから分掌の仕事などをさらに進めなければならない。 とにかく、実にたいへんな、損な仕事なのだと改めて痛感した。
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