TENSEI塵語

2003年07月12日(土) 通知票

きょうは休日だが、朝は、コンクール課題曲講習会の様子を確認に行き、
その足で勤務校に移動して、遅れている仕事を大方片づけた。
それからいったん帰宅して、1時間半ほど眠って、市吹の練習に出かけた。
移動の車の中で、「オペラ座の怪人」の第2幕をくり返し聞いていた。
3回ほどくり返したようだが、場面がよくわからない状態で聞いていても、
いい音楽が流れている、という実感のために、長い移動も苦ではなかった。

学校での仕事は、まずは通知票書きだった。
評定・欠課時数と、出欠状況を書くだけの簡単な仕事だが、
間違えるわけにいかないので、ちょっと時間のかかるめんどうな仕事である。
前任校では2、3年前からPCで打ち出せるようになっているけれど、
それを知っているだけに、ばかばかしい作業に思われる。
けれども、とにかく高校では所見を書かなくてもいいのでありがたい。

小学校に勤める妻は、きょうは通知票のために市吹も休んだ。
先週末に過労のように伏せって、土・日はずつと寝ていて、
月・火は朝仕事に出かけても、昼の給食の配膳指導までして帰っていた。
水・木・金は保護者会だった。
その金曜日が、通知票を教務主任に提出する〆切だったけれど、
そんな状況で書けるはずもなくて、きょう・明日の仕事になったわけである。

小学校というのは不思議な職場で、たとえば、
週ごとの授業の計画と反省を毎週月曜日に提出して、管理職の検閲がある。
反省の文章に対して、管理職の返事が書かれている。
管理職と教諭との関係が、まるで教師と生徒みたいなものである。
通知票を終業式の?週間以上前に教務主任に提出しなければならないのも、
主に所見の内容を検閲するためなのである。
検閲する方もごくろうさんなことであるが、
実際、人によってはクラスの半数くらいの枚数に訂正を求められるらしい。
その訂正が、本当に理に適った訂正なのか疑問なことも多いけれど、
とにかくそのように直さないと管理職がきかないので、
砂消しゴムで(本当はこれは反則である)ガリガリ削って修正するのだと言う。

まあとにかく、小学校の話を聞けば聞くほどばかばかしいことだらけである。
もし、自分が小学校に採用されていたら、半年もしないうちに自ら辞めるか、
喧嘩ばかりし続けて、数年のうちに追放されていたに違いない。

・・で、ふと思うに、通知票に所見が必要だったのは昔の話だということだ。
昔は、夏休み前だの冬休み前だのに保護者懇談会なんてものはなかった。
学年の早い時期に家庭訪問はあったかもしれないし、
毎月の授業参観のあと学級懇談はあったけれど、
保護者と個人的に懇談する機会はめったになかったように思う。
保護者に成績を伝えるだけでなく、学期中のようすを通知するには、
学期末の通知票にお手紙欄のようなスペースが必要と考えたのだろう。
それはいい方策だったかもしれない。
けれども、最近は学期末に保護者懇談で面と向かって話しているのである。
通知票の所見など、まったく必要ないではないか。

仮に!枚の通知票に15〜20分の時間がかかるとして、
36名の生徒がいるとすると、9〜12時間を費やすことになる。
18時間かかるのかもしれない。
それを、週に2、3時間の空き時間があるかどうかも保証されない中で、
成績が出そろってから、3、4日の間に書いて提出せよ、というわけである。
車上盗難防止のため、持ち帰らないようにという指示も出るそうだ。
10時か11時まででも学校に居残って仕事せよ、
と命じているようなものだが、実際は持ち帰り仕事にせざるを得ない。

しかし、それは、実は今はいらない仕事なのだ。
過去の遺物に、な〜んとなくこだわって、廃止できないでいるだけのことだ。
修学旅行みたいなものである。
修学旅行も、貧しかった時代の遺物みたいなもので、
昨今の子どもたちにはほとんど意義や価値が見出せなくなっているのに、
そうして、さらに現代にいたって授業料納入の過重負担になりつつあるのに、
学校には廃止する勇気がなくて、ズルズルと引きずって厄介者になっている。

根本から見直せば、切り落とせる枝葉はいくらでもありそうなのに。。。


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