TENSEI塵語

2003年06月30日(月) またまた「ラ・マンチャの男」

7、8回目になる観賞である。
前に書いたなー、と思って、先々月あたりからを探しに行ったら、
かなり遡って、去年の9月11、12日に書いていた。
もっと最近のように錯覚していたのは、作品が心の中に生きているからだろうか。。。

高校時代に初めて見たときの感想も、その時の日記に書いてある。
あまりの夢想についていけない感を抱きながらも、
その姿が崇高なものとして描かれている点については感心したのだった。
そうして、最近はやはり、セルバンテスの次のセリフが心に響く。

「人生で、狂気とは何だ?!!
 現実的すぎること、夢をもたぬこと、ゴミの中の宝探し、、、
 1番の狂気は、人生を、あるべき姿でなく、あるがままに受け入れることだ!!」

ドン・キホーテは、現実を良くしたいという夢をもって生きる
ひとつの極端な典型として描かれたのだが、
それを、最終的には夢を実現する勝利者として描かずに、
徹頭徹尾、無力な愚かしいほどの人物として描いたところに、
セルバンテスの、現実の中でもがき続けた深さがあるのだろう。

現実をまずありのままに見つめることは大切である。
でも、ただありのままに受け入れて忍従しているだけでは、変わらない。
個人としての生活でも、社会生活でも、夢や希望を抱くことがなかったら、
前向きに空想できる力がなかったら、現実は変わらない。
確かに、もう厳然と立ちはだかる現実は、容易には動かし難い。
実際には、現実をまず見つめ、どうするのがいいのか、
どういう風になら、夢や希望がどの程度まで実現できるか、
判断しながら闘っていくことになるのだろう。
ドン・キホーテという人物像は、ひとつのエッセンスなので、
純粋すぎるあまりに、作中では、笑われ、侮られ、敗北してしまったけれど、
後世には、崇高な何かを残したわけである。



わーーい、1カ月、毎日書き続けたぞ! わーい!\^o^/


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