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天竜



 Lightning

「俺はフランスのサッカー選手でもないし、ハリウッドのアクションスターでもない」
そんな当たり前のことを言った君が僕を睨みつける。そんなことは百も承知だ。君はヤンキースのファンだし、街を歩けば人々が振り返るようなセレブリティでもない。なんたって僕の恋人なんだから、君のことは君以上に僕の方が知っている。寝相が悪いことも、お尻にホクロがあることも、高所恐怖症だってことも。
「気にすることなんてないよ。君の人間的魅力はそんなことくらいじゃ少しも変わらないんだから」
「気にするなって? 簡単に言うなよ。君にとってはしょせん他人事かもしれないけれど、俺にとっちゃ人生における一大事だ」
「Hey、今の言葉は撤回しろよ。僕にとって君は六年前から他人じゃない」
「…ああ、ごめん、そういう意味じゃないんだ」
君はバツが悪そうに頭を掻いた。僕は苦笑する。君のそういうところが、僕は好きでたまらない。だから、君が問題にしているそれは僕にとってはとても些細なことで、君が苦悩する理由さえわからない。
僕たちはもう若さゆえの過ちを振り返り、笑いながら酒が飲めるくらい大人になったし、昔のように勢いに任せて無茶をすることもなくなった。いいことじゃないか。時間の流れは止められない。でも、僕たちはそれを楽しむ手段を知っている。君の言っているそれは、年齢を重ねるうえでのほんの小さなリスクに過ぎない。
「そんなに気になるならスキンヘッドにしたらいいんじゃない? 案外似合うと思うよ」僕の提案に、君は眉を八の字に下げる。
「それで頭に赤いハンカチーフを巻いて、ツバの真っ直ぐなキャップをかぶって、だぶだぶの服を着るのかい?」
「もう、真剣に相談に乗ってあげようとすればすぐそれだ」僕は小さくため息を吐く。君は知らないだろうけど、僕だって君と一緒にマジョルカ島に行ったとき調子にのって肌を焼き過ぎたせいで背中にそばかすがたくさんできたし、君が出張している間にマスターベーションをしようとして勃たなかったことだってある。ただ、いちいち口に出さないだけで、僕だって君と同じような経験はいくらだってしているのだ。
「君は大げさすぎるんだよ。僕は出会ったころの君より今の君の方が何倍も素敵だと思ってる。君はどう思う? 肌のハリも、髪の艶も、性欲も薄くなった僕は六年前の僕に劣ってるかい?」
「そんなことあるわけないだろ」即答した君に、僕はほんの少し安堵する。YESと言われたら、僕はこのまま荷物をまとめて家出をしなきゃならない。
「だからつまりそういうことだろう。君が将来、君のパパのように真ん丸いゆで卵のような頭になったって、僕の君への愛情は変わらないし、外見なんてその人の一部分でしかないよ。それだけのために悲しんだり絶望したりするなんて馬鹿げてる。僕は別に君の毛髪に惚れたわけじゃないんだし」
「でも、君はハゲてない」
「しつこいよ。君の髪だって一朝一夕でそうなったわけじゃないだろ? どうして今朝に限ってそんなにこだわるんだよ」
「理由があるんだ」君がやけに真面目な顔で言う。どうやら彼がジダンやブルース・ウィルスと肩を並べたくないのには理由があるらしい。
「年下のボーイフレンドができたなんて言わないでくれよ」僕が牽制すると、君は僕の両頬を手のひらで挟み込み、NO,NOと笑いながら小さく首を振る。「来週の感謝祭、父さんと母さんに今年は俺も君も行けないって言ってきたんだ」
晴天の朝にいきなりカミナリが鳴り響いた。頭ががんがんする。Oh、神様、僕は彼の家族に会うことを許されなくなったらしい。なんてこった。僕は君の毛髪をもっと労わるべきだったのか? それともやっぱり、最近アナルセックスを拒んでいたのが原因なのか? 
「なあ、聞いてくれ。俺には両親や兄妹や祖母や叔父や従兄弟たちがたくさんいて幸せだけど、新しい家族が増えればもっと幸せになれると思うんだ。今年の感謝祭は、君と、君の両親と過ごそう。俺を君の実家に連れて行ってくれないか? ちょっとハゲてるけど、俺は彼らの新しい息子になりたいんだ」
もう一度、ああ神様と僕は呟いた。君は嫌というほど知っているはずだ。僕が両親と絶縁状態にあることを。息子がゲイだという事実を受け入れられない敬虔なカトリック教徒である父や母に、僕の恋人だと名乗ることがどれだけ勇気と覚悟の入ることなのかということも。
「ヤンキースのキャップを被っていけばきっと大丈夫さ」
君がそんな杞憂など微塵も感じさせずに明るく笑って言う。
「…パパはレッドソックスのファンだよ。少なくとも僕が家を出る前はね」
だけど僕は少しだけ、泣いていたかもしれない。

2007年06月28日(木)
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