たりたの日記
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今日も日記らしい日記を書く気分。 あまり私的な事をここに書くのはよそうと思った事もあったが、せっかく何にも囚われない、自由に書くという立場が与えられているのだから、その事に感謝して気分の赴くままに書いていくとしよう。
朝9時半より教会学校。今日はひとりでオルガンと司会とお話をまとめて担当。聖書の箇所は荒野でのイエスと悪魔の対決の場面。イエスの役と悪魔の役を迫真(?)の演技で演じる。
だいたい子ども達は闘いだの、対決が好きだから、目が輝いている。けれども一番受けたのが、わたしの山登りの話だった。いったいイエスが40日間断食した後、悪魔と対決した荒野とはどういう場所なのだろうと、そのイメージを子ども達に喚起するために、高千穂峰に一人で登った時の事、その火山口の荒涼とした風景について話した。すると子ども達から「あ、天孫降臨!」とか「天の逆鉾だ!」と声が上がる。 「ええっ、どうしてそんな事知ってるの〜」と驚くのはわたしの方。だいたい、わたしは「天の逆鉾」の事は山を降りてからガイドブックを見直して知ったというお粗末さ。 「テレビでやってたよ〜」 そうか、わたしはめったにテレビを見ない。そんな番組があったのか・・・ それにしても子ども達の情報をキャッチする力は見事なものだ。
しかし、話題がしきりに「天の逆鉾」に向かう。まずい、教会学校で天孫降臨の話はないだろう。そこで、子ども達の質問をかわし、悪魔とイエスに話を持っていったのだが、それでもあきらめきれない子がいて、ネットで調べるからその逆さに剣が刺さっている山の名前を書いてくれと紙を差し出す。もう、こういう事には熱心なんだから〜と苦笑しつつ「高千穂峰(たかちほのみね)」と書いてやる。牧師の子のTくんはすぐにパソコンで検索して画像を手に入れたらしい。 「ほんとに山の頂上に剣が刺さってた!」と報告してくれた。
礼拝では聖書朗読。礼拝の後、一年に一回の教会総会。この一年の活動報告や会計報告があり、新年度の活動計画や予算案が決められ、新しい年度の役員や様々な役割が決まる。 で、わたしの役は教会学校の責任者。つまり校長センセイ。全くそんな柄じゃあないのだが、今まで校長を務められた方が高齢で他にも大切な役目を担われているので、次に古株のわたしが引き継がないわけにはいかなくなった。 決まったからにはやらなくちゃ。なかなか行けなかった遊山倶楽部の山行きはますます遠い夢となってしまうが、しかたない。リタイヤまでの数年間、社会的な働きをする時期を迎えているのだろう。保育園の代表理事もしかり。
たっぷり仕事した後のお酒がおいしいようにしっかり仕事した後のリタイヤは心地よいものかもしれない。さてわたしのリタイヤは何歳なのだろう。小学校の教員をしていた母は55歳で早期退職し、ようやく長年の仕事から解放された。そこでわたしも55歳までとどこかで思っていたのだが、そうもいかないようだ。有給の仕事も無給の仕事も後8年はがんばるか。この4月から入ってくる4歳児が小学校を卒業するまでだな。
と、こんな長期計画を漠然と考えながらも、一人暮らしの親達の状況が急変すれば、何もかもうっちゃって故郷に帰らなくてはならない事態もありうるともう一方の頭は考えている。 先の事は分からない。ともかく、この一年の事を考えて4月からの方針や計画を立てるべし。
教会の帰り、閉館間際の図書館で金子光晴の詩集や著作集、詩人について書かれた本などザックに詰めるだけ借りて来る。 さて、これから30分くらいは読書に当てるとしよう。
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