たりたの日記
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夕べ遅く秋田から戻ってきた。 この3日間旅の充実度の高さは旅の後の放心度の強さで計ることができる。 出しっぱなしだった「しっぽ」は何とかしまい込み、午前中の仕事は一つ無事に終えては来たけれど、大きなザックの中身を空け、旅の荷解きをしていると心は奇妙に沈む。
感受性をあまりに全開にし、旅の先々で出会った人々に、また景色や空気に夢中になっていたので、その夢中具合からうまく日常に戻れないからなのだろう。
帰りの4時間近い新幹線の中では本を読むか眠るかするつもりでいたのに、ただただ憑かれたように書いていた。パソコンは持参していなかったので、ひたすら紙の上にペンを走らせ、走らせ続け、大宮に着く直前にようやくふうっと大きな息をつき、手を止めた。 かといって、今はその手書きの原稿を読み返したり、パソコンに打ち込みする気分にはなれない。 そうするにはきっと、もっと別のモードが必要なのだろう。
松尾芭蕉大先生の「奥の細道」の序章がしきりと頭に浮かんできては、またぞろ、地図を広げたい気分にさせられているのだが、かの大先生のように、旅に死してよい身ではないのだから、<そぞろ神の物につきて、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず・・・>というのは何とも具合が悪い。
ここは一旦、<そぞろ神>にお引取り願って、わたしは日常にしっかりと着地することを急がねば・・・。 旅日記を書くのは、ほとぼりが醒めるまで待った方がよさそうだ。
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