たりたの日記
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昨日の日記で尾崎翠に繋がるものの事を書いた。 今日はその事を記しておきたいと思う。
まず深尾須磨子のこと。 映画の中の、翠の実人生の場面で、深尾須磨子と尾崎翠が対談する非常に印象深い場面がある。 この対談の中で尾崎翠が語っている事は、彼女の作品がどういうものを意図して書かれたのか、それが単に感覚的なものではなく、緻密なプランの元に、つまり、頭を使って書かれたものであることを端的に示している。 翠は非常に女性的な鋭く豊かな感性を持っていたが、同時に男性の持つような科学者の眼を持っていた事がうかがわれる。 この興味深い対談の一部はこんな具合だった。
尾崎 「今日まで歩いてきた吾々の嗜好にとっては、心臓そのままのものよりも、一度頭を通して構成されたもの、そういうものでなければいけなくなった」
深尾 「合うからかどうか。吾々は心臓の唯中で始終踊っていたいと思うのです。ところでそれがとてももの足りなくなってどうしても何かのプランを立てなくてはいられなくなったのです。しかし吾々はプランを立てると同時に飽迄、心臓の中で踊りたいと思う」
尾崎 「いま、頭と心臓ということが非常に問題になるのです。心臓の世界を一度頭に持ってきて頭で濾過した心臓を披露するというようなものを欲しいのです。
深尾 「それは女性詩人に限られた領分だと思うのです。」
<筑摩書房「尾崎翠集成(上)、女流詩人、作家座談会 より抜粋>
この対談の相手、深尾須磨子の発言も興味深い。そして、この作家も、以前に出合いがあって、ずっと気になっている作家だった。
その始まりは2年前、正津勉氏の講演会「詩人の愛―百年の恋、五〇人の詩」という講演会で深尾須磨子の「呪詛」という詩が紹介されたことに遡る。 いくつか紹介された詩人の中で、この詩はとりわけ印象が強かったし、また深尾須磨子についての話は深く気持ちに降りてきて、愛着を覚えた。 この後、わたしは詩人正津勉氏の主宰する文学ゼミで学ぶようになり、様々な作家の作品を読んできたが、尾崎翠の作品を初めて読み、この作家の事について初めて知ったのも、このゼミであった。
これは余談になるが、この深尾須磨子については、もっと古くからの出会いが隠れていたのだ。 実は手元にずいぶん古びた深尾須磨子の著書「君死にたまふことなかれ」がある。 これは深尾須磨子が師と仰ぐ与謝野晶子について書いたもので、1952年に出版された初版本だ。 なぜこんな古い本を持っているかといえば、実家の書棚の整理をしていた折、たまたまこの本が出て来たのだった。そして読んだ事はなかったが、子どもの頃からわたしはこの本の背表紙をいつも眼にしてきた事を思い出した。 深尾須磨子と言えば、あの詩の深尾須磨子ではないかと、ワクワクする思いで古びて色もすっかり変わった本を開けば、そこには万年筆で書かれた詩と、母の名前があった。それはわたしの父親の字。そして、そのページの内側には鉛筆書きでFrom my dear friend Mr. Masatoとある。
この本を母がわたしにくれるというので有難くもらってかえった。 父がどういう想いでこの本を母に手渡し、母がどういう想いでこの本を読んだのか、母は何も語らないが、わたしは想像を逞しくする。 わたしが生まれるきっかけになった父と母の出会いの中に日本の女性に切々と訴えかけるこの深尾須磨子の熱っぽい一冊が存在したと考えると何か愉快だ。
もう一つの繋がりは矢川澄子アナイス・ニン、そして高橋たか子。 映画『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』の現代の場面で印象的だったのは矢川澄子さんが『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』ついて語る場面、そこにある「エロス」ついてだった。 パンフレットが売り切れで買うことができなかったので、手元にこの映画の資料がないので、覚えている事に頼るしかないが、この矢川澄子のコメントに惹かれるものがあった。
先日の「こほろぎ嬢」の上映会の後、脚本家の山崎さんと話していた時、矢川澄子がアナイス・ニンの事を書いていると知り、驚いた。というのも、アナイス・ニンはわたしがちょうど尾崎翠に寄せるのと同じ感覚で親密なものを感じてきた作家だったからだ。 アナイス・ニンの事は、アメリカ人の女友達のDがプレゼントしてくれたDelta of Venus という本で知った。その後、翻訳されている「アナイス・ニンの日記」を読んでこの女性をすっかり好きになった。調べてみると矢川澄子はDelta of Venusの13篇 を「「小鳥たち」という邦題で翻訳していることが分かった。
昨日の事、図書館へ行き、矢川澄子作品集成という分厚い本を借りてきた。ここからまた線は伸びてどこかに繋がるらしい。
ところで、こちらのルートで矢川澄子氏の事を知ったのだが、別のところからも矢川澄子氏の事を最近知らされていた。それは、日記にも度々登場するわたしの好きな作家、高橋たか子氏によって。
昨年の暮に出版された高橋たか子自選エッセイ集「どこか或る家」の中に、「矢川澄子さん!」というエッセイがあるのだ。個人的に親しく交際していた矢川氏とのエピソードや彼女が自死する前に高橋氏に言った言葉が心にかかっていたのだった。 ところで、前記の正津勉氏にお目にかかり、自作の詩の朗読を聴いたのが、わたしが高橋たか子氏をひとめ見たいとでかけた朗読会の場所だった。 この繋がりのおもしろいこと!
さて、今日は夕方からその文学ゼミだ。ここ1週間、ずっと翠づけで、課題の梶井基次郎著「K氏の昇天」の感想もまとめていない。時間は後2時間! ところで、ここにもあながち繋がりが無いという訳ではない。 この作品K氏の昇天」の中の重要なキーワードに「ドッペルゲンゲル」という言葉が登場するのだが、尾崎翠の「こほろぎ嬢」の中にもやはりキーワードとして「ドッペルゲンゲル」が出てくるのだ。 さて「ドッペルゲンゲル」との繋がりはどこに?
人の心の不思議さ、その存在の不思議さ、あらゆる命はどこから来て、またどこへ行くのか・・・想いは先へ先へと広がる。 ふと映画「こほろぎ嬢」のテーマとなっているフレーズが浮かんできた。
「人間の肉眼といふものは宇宙の中に数かぎりなく存在するいろんな眼のうちのわずか一つの眼にすぎないちゃないか」
そしてこの言葉は聖書の中のこの言葉を思い出させる。
わたしたちは今は鏡におぼろに映ったものを見ている。 だがそのときには顔と顔とを合わせて見ることになる。 わたしは、今は一部しかしらなくとも、 そのときにははっきり知られているようにはっきり知ることになる。 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。 その中で最も大いなるものは、愛である。
<コリントの信徒への手紙一 13章12〜13>
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