たりたの日記
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2003年03月27日(木) |
目、眼鏡、コンタクトレンズ |
わたしはかなりのど近眼だ。あの保健室などに貼ってある眼力検査の表なんて、自慢じゃないが、定位置からだと一番上のバカでかい文字だって読めはしない。しかし、目が悪くなる前はクラスで一人だけ眼鏡をかけている女の子がうらやましくて、いつ目が悪くなって眼鏡がかけられるのだろうかなどとふとどきなことを考えていた。その女の子、視力検査の度に先生が指し示す文字をどれも「読めません」と繰り返し、その度に「おおっ」と教室にどよめきがおこるのだ。皆が固唾を呑む中、最後に残った一番大きい字をそのぱっちりした目でしばらく見つめた後、彼女が「読めません」と勝ち誇ったように言い放つと、教室は妙な興奮につつまれた。だってあんなにはっきりと大きな文字が読めないなんて普通に視力を持つ子ども達にとっては不思議でしかたがないのだ。同情よりも尊敬の念に近いものが彼女に集まったのは彼女の持って生まれた気位の高さによるものだろう。そして私が小学生の頃、眼鏡にあこがれたのはこの視力検査の場面の故だったにちがいない。
さて、そういう過去があったせいか、中学校2年生の時に急に視力が落ち、眼鏡を手にした時は何か誇らしい気分だった。しかし、若気の至りとはこのことで、それから視力のことや眼鏡のことで苦労する度にあの頃のわたしにもう少し思慮が備わっていたらと悔やまれた。急激に視力が落ちたその理由は分かっている。あの時分、わたしは本の虫だったが、その頃ちょうどドストエフスキーの「罪と罰」を読んでいて、寝る時間になっても本が手放せず、親から寝ろ、寝ろとうるさくせっつかれ、さりとて本を読むことは止められず、夜な夜な布団の中に懐中電灯を持ち込み、数日間であの分厚い上下巻の本を読んでしまった。目の異常に気が付いたのはその本を読み終えたある日、スーパーに買い物にいった時だった。なんだか、スーパーにうず高く積まれている商品が何かゆらゆらと揺れるようで気持ちが悪くなってしまった。恐らく焦点が定まらない仮性近視の症状だったのだろう。しかし、あの当時は視力回復センターなるものも周囲にはなく、眼科に行くと視力が落ちているから眼鏡を作れということだった。それからはもう、坂道をころがるように視力は落ちていった。そして1年後の視力検査では、晴れてあの眼鏡の女の子のように、指された一番上の大きな文字に「読めません」と得意げに答えたのだった。
さて、いい気になってかけていた眼鏡がどうしてもいやになったのが高校2年生の時、わたしが男の子にモテないのは一重にこの黒ぶちの眼鏡(赤ぶちだったかもしれない)のせいではないだろうかという疑いを持ち始めた。思い始めるとますますそんな気がして、わたしは世の中にあるというコンタクトレンズとやらをどうしても試さないではいられなくなった。当時、コンタクトレンズを作るためには電車に一時間も乗って市内の眼科へ行かなければならない。しかも一週間の間毎日通院して一時間ごと装用時間を延ばしながら目に慣らしていくというめんどうなことをしなければならなかった。またお金も結構かかったと思う。親はわたしがかなりドジだということを取り上げ、せっかく高いお金を出してコンタクトレンズを買っても、すぐに失くすか壊すかに決まっているからそんな無駄なことはやめろと執拗に私を説得する。きっと私に娘がいたとして、その娘がわたしくらいドジであれば、私にしても買ってやるとはいわなかっただろうが。そう、親というものには良識がある。それに娘が男の子にモテなくてもいっこうにかまわないものである。いったいあの時、どういう方法を使って親を説得したのか覚えてはいないが、なんとか口説き落としてみごとコンタクトレンズを手にすることができた。
ところで全く信用なかった私がこの30年間の間にレンズを失くしたのはわずか3回。これはかなり良い成績といえる。最後にレンズを落としたのは確か7年前、ということは7年間同じレンズを使い続けたということになる。ところがこのレンズをとうとう失くしてしまった。先週の日曜日の朝、レンズを付けるべくケースを開けるとそこにあるはずの右目用のレンズが無い。落とすとか壊すとかというのならまだ納得がゆく。しかし入れたはずのところにレンズが無いということをどう考えればいいのだろうか。手元が狂ってそれに気が付かないほど、指先の感覚が鈍くなってきたということなのだろうか。この30年間一度もそんなトラブルがなかったというのに。ケースを丹念に見てもレンズはやっぱり一枚しかないく、その日は仕方なく眼鏡をかけて教会へ行った。さて、しかし、今になってあの時にレンズを失くしたことはむしろ助けだったと、私はむしろ感謝している。これはもう神様か、あるいはフェアリーが仕組んだことなのではないかと思ってしまった。その理由は明日書くとしよう。
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