たりたの日記
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教会の持つ英語学校は小さいがそれでも、100人以上の生徒を抱え、一日に5クラスから8クラスはある。 学校を運営する立場からすると、生徒さんのことを考え、できるだけキャンセルはしたくない。変わりの授業をするにしても、生徒全員がこれる時間をそれぞれのクラスに割り当てるなど不可能に等しい。かといってぎりぎりのところで運営しているわけで、払い戻しも困難だ。そこでできるだけ、キャンセルを最小限にとどめる必要がある。しかし、遺族の方の立場を考えれば、人が亡くなったという大きな出来事の前に、クラスだとか、キャンセルだとか言語道断のことだろう。その両方の真ん中にいるという立場。 私と同じ世代の御婦人の死、もし仕事の部分でのことがなければ、死を悼むことに集中できるのだろうが、まるで葬儀屋さんになった気分だ。式が滞りなく行くように配慮しなければならない。このジレンマ。このやっかいな立場。 生徒との対応。いつもと変わり無いクラスにしなくては。子どもは敏感。私の緊張をすばやくキャッチするのだから。ひっきりなしの電話。場所は?花屋を教えて?牧師さんと話しがしたいのですが、精神を煩っています。教会のもよりの駅は?明日は最低でも120名になりますが、、。礼拝堂には80名しか座れないのに。電話とクラスをお手玉のようにあやつって、、悪いことに、今日に限って頼りの事務担当者が休み。 それでも前夜式がなんとか終わった。
喪主である御主人が泣きながら挨拶をされた。「妻はほんとうに私に良く尽くしてくれました。」という言葉に一瞬ぎくりとする。もし、これが私の葬式だとして、わたしの夫はけっしてこうは言わないだろう、いえ言えないだろうと思ったからだ。彼は言うかも知れない「妻はほんとうに私から良く尽くされました。」と。でも今後のことは分からない。できれば死ぬ前に尽くしておきたいと思う。でも尽くすってどうやればいいのだろう。
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