| 2004年10月01日(金) |
☆トンキーとインディラ・2 |
「子供達が象を欲しがっているのは本当ですか?」と聞かれ 日本の商社の人は戦争で象がいなくなった話と 新聞で見た子供達の話を聞かせた。 インドから来ていた商社の人は、なんと当時のインド首相、 ネルー首相(私達が子供の頃はネール首相と言われていた)とも 交流のある人で、象をもらえるように話してくれるとの事だった。 日本の商社の人はその話を新聞社にした。それは2人だけの話で 終わりにして欲しくない、と言う願いからだった。 新聞社では、子供達からネルー首相へ象をくださいと言うお願いの手紙を募集した。 1500通の手紙が集まり、それをインドの商社の人に手渡して 象をもらうための橋渡しを頼んだ。 (当時の象の値段は25万円、現在の価値に換算すると数千万円だった。 戦後間もない日本の経済はガタガタになっていて国としても象を買う 予算を捻出する事は不可能だった。)
当時のインドは内乱で日本よりもっと混沌としていた。 ネルー首相によその国の子供が象を欲しがっていると言っても 実現するのは数年先になるのではないかと思われた。 が、子供達の手紙を渡して数ヶ月で許可が下りた。 ただ輸送費は日本が出す事、とされた。 この輸送費が象の値段より高いくらいに高くて 国家予算で出す事は出来なかった。 しかしインドへ輸出する物を運ぶ民間の船舶会社が 日本に戻る時に象を積んできてくれることになった。
そうして日本についた象が「インディラ」だった。 インディラは船から下りると上野動物園まで自分で歩いて移動した。 無事に園に到着すると連日ものすごい数のお客さんが来園した。 また移動動物園で東京以外の都市にもかなり出張している。 昭和24年に日本に着てから34年間、ずっと愛されて58年に息を引き取った。
インディラを呼ぶまでの間に、日本の大人たちは 「自分達大人のせいで(戦争が起こり)子供達の大好きだった 象を奪ってしまった。なんとか大人が頑張って子供達の夢をかなえてあげなければ」 と、子供の話に耳を傾け、できる限りの協力と援助をしていた。
「もう戦争で子供達を悲しませるような事は絶対にしてはいけない」と、 そんな締めくくりになっていた。
今の日本は戦争はしていない。 戦争は絶対にしてはならない。 某首相はどうも、戦争がお好き、な感じがする。 涙もろいお方のようなので、トンキーの話を読んで涙してもらいたい。
PS:「インディラ」と言う名前はネルー首相の娘さんの名前だった。 首相の娘さんのインディラさんはその後インドの首相になったのだが 大変残念な事に暗殺されてしまった。
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