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2005年08月16日(火) 疾病性と事例性

「疾病性」と「事例性」という言葉がある。疾病性とは、つまり精神科的、あるいは心理療法的にみて、問題の水準が重いか軽いかというような判断であり、事例性とは、学校のなかでおこる問題として、それが重大かそうではないかということになる。

このうち、事例性も高くて、疾病性も高いケースをSCが見立てそこなったら、それは教員にも明らかになってしまうから、これをやると非常に都合が悪いのは言うまでもない。けれども、りょうしゃが一致しないケースというのは学校のなかにいくらでもある。

例えば、「発達障害」であっても、多少のトラブルはあるもののなんとか普通学級でいけるという場合、疾病性(発達障害に疾病性という言葉はそぐわないが)という点では問題であっても、事例性という点では、それほど問題ではないということになる。「とりあえず、なにもおこさないから」「やんちゃしてる子に比べれば静かにしてるだけマシ」といった判断で、相対的に手つかずになるだけだ。その子の身になってみれば、静かだからといってそれですんでしまうという対応ではよいわけはない。

一方、事例性が高いケースの場合、学校の先生はあらかじめ経験的に対処方略をもっていることが多い。だから事例性の高いケースならば、疾病性についてのSCの見立てがザルであっても、それなりに対応されてしまってメデタシメデタシになる。SCが役にたっていると思っても、実は先生が有能なだけであったということもありえるのはこのような場合である。これは学校は困らなくても、専門家としては非常に都合の悪いことだと思う。

さて、SCは学校内のリソースをつかって、これをうまくコーディネートして問題を解決するということが仕事であることを考えると、一番難しいのは、やはり疾病性が高いが事例性が認識されないケースをどうするか、ということだろう。いままさに学校として困っている喫緊の課題をスルーして、このようなケースへの理解を訴えても、学校をトータルとしてみればあまり援助的にみえないかもしれない。コストパフォーマンスがあわないということもある。











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