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2005年07月02日(土) 演じる語り

NHK特集をみる。サイパン島の激戦で、当時の日本政府は民間人も軍人とともに「生きて虜囚の辱め」をうけることなく自決することを潔しとしたと伝えた。アメリカ兵に捕まる前にと、崖からとびおりる女性をうつした衝撃的なフィルムもある。しかし、実際には1万数千人の人々が捕虜となっているという。その生き残った人々が、どうして死なずに生き残ったのかについて語っている。

報道されている内容はともかくとして、この特集が単なる語りではなくて、語り手の身体も含めてとらえているところが印象に残った。ほとんどのインタビューイが、語りとともに何らかの身体動作をともなっている。

当時、父親が捕虜収容所でつくってくれたという楽器をいまも演奏する人。父親が自分に言い残した言葉、それもインタビューイ自身、私たちにわかるような言葉を話す人であるにもかかわらず、その場面だけはほとんど意味を理解できない沖縄の言葉で話す人。捕虜になろうと投降したことを語るとき、おもわず万歳と手をあげてしまう人。自決すると決めながらのどのかわきに耐えきれずに投降するときに自分はこういったのだと、"give me water"と(テレビの前の私たちが思ってもみなかった)英語を突然語る人。

特集の後半では、件の飛び降りて自決する様子がフィルムにおさめられた女性のことを、自分の母親に違いないと思う男性の語りが登場した。実際にサイパンに行き、アメリカ兵から隠れる様子を再現し、実際に母親と逃げてきたとされる場所にたつ。そのフィルムを映したとされるカメラマンの証言とは、しかし、その男性の語りは食い違うところがある。そのことを知らされて「それなら、違うとおもう」といいつつ、男性は<あれはお母さんだったと思いますか?>と聴かれて「そうだと思ってる」と答える。

いずれも、語りの内容がどれだけ当時の様子を正確に伝えたものかはわからないが、その語り手のなかでは、確かにその記憶が今も身体のなかで生きていて、再演されているように感じられるものだった。

「語りの真偽が問題ではなく、その人にとっての意味が重要だ」という言葉は、最近ナラティブばやりでとっても軽く使われているわけだが、この人たちのような語りのためにあると思う。語りは語られた瞬間言葉になるけれども、ひとつの行為に違いない。


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