I create you to control me
DiaryINDEXpastwill


2005年02月01日(火) ギター侍と、発達障害

午前中は、大津でスクールカウンセラーの事業説明会。来年度の配置についていろいろ。超「現実原則」にのっとった話。

なにが教育にとってなすべき課題か?、生徒のニーズにどうこたえていくか?、心の支援はどうあるべきか?っていうじゃなーい。でも、なんだかんだいって一番大切なのはー。お・か・ね・ですから!。残念っっ!。心を商品化しても、実際、そんなに売れませんから〜〜斬り。

と、アホなことも考えるっちゅうに。

研修会がすんだら、そのままJRで京都まで。
四条の「ウィングス京都」という、さながら生涯学習センターのようなところへいく。京都府の定時制高校の生徒指導担当の先生方に、『学校現場での発達障害への対応について』というようなテーマで1時間講演することになっている。

入ってみると、どうやら僕よりすごく年輩の方ばかりのようである。しかもさすが生徒指導担当だけに、みんながっしり怖そう。そして、僕が講師だと気付いて「あの、若いので大丈夫なのかー」という目が・・。
しかし、そんなことで負けているわけにいかん。

「あのー、僕のことみて、なんか若いのがきて大丈夫かいなーと動揺してらっしゃる方も多いと思いますがー」ときりだしてみると、案外、笑ってくれる。おお、これはいける。そこで、年齢ネタでひっぱってさらに笑っていただく。おお、これはなかなかいける。と、気分が明るくなる。

パワーポイントでの説明なので会場が暗くなり、「これは寝られるかな」と思ったが、なんとか完全に沈没する方をださずに終えることができた。最後も時間オーバーしていたのだが質問をだしてくださり、まあまあ役目は果たせたかとほっと一息ついて会場をあとにする。

まあ、僕の話がどうこうというよりも、福知山のあたりから来られている方もたくさんいらっしゃるらしく、もともと熱意のかけ方が違う。ほんとうに発達障害というのは学校を悩ませる問題であると感じた。

発達障害という名前がついたおかげで、みんなに共有しやすいものになったのはよい。でも、マクダーモットがおよそ20年前に"acquisition of a child by a learning disabilties"すなわち「学習障害によって子どもが奪われる」という論文を書いたように、発達障害という名前ばかりが先行して、実際のところ、先生方が普段やっておられるように生徒ひとりひとりをみて対応するということまでができなくなってしまうようでは本末転倒である。「発達障害」という言葉をかみくだいて、実際のところ具体的にはなんなのかを考えて行かないといけないと思う。


INDEXpastwill
hideaki

My追加