|
|
■■■
■■
■ 心が凍るニュース
キリスト教の教義のなかに「新しい世界が産まれる前には女性の妊娠と同様に「産みの苦しみ」がある」という言葉がある。これらを拡大解釈して世紀末における終末思想などを「産みの苦しみの時代」等と表現することもある。
そしてかく言う。
「産みの苦しみの時代」には悪魔が追いつめられ足掻き、悪魔が人間にとりつき悪行が蔓延する。と
この背景には「そんな悪行が蔓延する時代でも新世界が来る証なので信仰は捨てないように」という宗教的意味と「内戦は紛争による戦争状態の後に平和が訪れると(信じる)いう大義のための苦行」という歴史的背景もある。
別に決して悪魔だのなんだのと言ってるわけではない(人間の犯罪だから)が、常々常々、思う事は最近、何故、登園中や歩道移動中の幼稚園児、小学生に車が突っ込む事故が起きるのか偶然とは思えないほど恐ろしくなる。この前などは車ではなく、建築中の足場が強風で崩れて子供達が犠牲になった。
私は暴言を吐くつもりではないが、元々刃のような日記なので、思ったことをそのまま書かせてもらうが、加害者自身が悪魔のような純粋な「悪」の存在として生まれてきた人間ではないのだろうか?先日の、てんかん疑惑車両暴走事件の加害者も事故発生当時、てんかんが発症していないことはドライブレコーダーや目撃者の証言で判明している。前日の同じ京都の小学生と妊婦が被害者になった事件も加害者が18歳、無免許、事故直後に携帯ピコピコ・・・
個人への中傷になりかねないかも知れないが「人間」というより「悪魔的」めいた「人間に似て非なる者」のように感じます。
彼らに「更生」は可能なのだろうか?
司法的には誤った考えかも知れないが、幼い子供達の命を奪った罪は重罪に等しい。何故なら、幼い子供の未来、何十年間を奪ったことになる。
交通事件なので限界があると思うが、再度、大岡裁きを頼む。
と、ともに、自分自身も交通事故に気をつけなければいけないな、と。
人気ブログランキングへ
2012年04月24日(火)
|
|
|