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■ 鎖をかけることができない
根無し生活も終わりを迎え、妻が実家へ帰ると 擦れ違いに部屋へ戻ることができた。
眠り慣れたベッドの上では時間の鎖に縛られずに 夢の世界に瞳をつむった。 長針と短針が文字盤の上で2回交差するほど。
別に今まで泥棒に侵入されたことはないのだが、 チェーンロックだけは神経質なほど毎日かけていた。
けれども、今はかけていない。
銀の輪の繋がりをかけることができない。
妻がいつ帰ってきてもドアを開けられるように 部屋に帰って鍵をかけ、鎖に手をかけても、 チェーンロックをかけることができない。
未練とかそういうのでもなく、 もし、妻が鍵を開けて鎖がかかって哀しい顔を するのを思い浮かべると、ただ素直に俺も哀しいから。
ただ、それだけの理由。
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別居中とはいえ音信不通の今週。
人の心配を煽るように凶器に使う妻を純粋に 嫌うことの出来ない俺がいる。 (半分はムカついてるけどさ(笑))
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先日、タクシーに乗った。
運転手は50ぐらいのおじいさん。 心配してしまうぐらいに痩せ細り白髪が頭を支配していた。
仕事のバッグと衣類の入ったバッグという重そうな いでたちの俺にバックミラーを通じて運ちゃんが 話し掛ける。
「出張ですか?」
「いえ。妻と離婚しそうなんで家を出てるんです。」
運ちゃんは照れそうにハンドルを持つ腕に力を 入れ上半身を揺らし、楽しそうに微笑みながら答える。
「そうですか、そうですか・・・・・かくいう私も 去年の8月に離婚したばかりでしてね。」
「そうなんですか?」
「ええ。30年一緒にいた女房が突然、弁護士連れて きましてね・・・・・ぜんぶとられました・・・・・」
汗ばむような暑い横浜の夜。嫌な汗が俺の背中に流れた。 その最期の台詞にただならぬ怖れが走った。
「え。」
「仕事も出来なくなっちゃって全部失いましたね。 だから、いまこんな仕事やってるんですよ。あははは。」
「30年一緒にいて・・・・突然ですか?」
「2〜3年はギクシャクしてましたけど、私ものらりくらり としてまして。女房の弁護士は「やり直せる機会はあった。」 って言ってましたけど。」
胸に刺さるようなお言葉。 運ちゃんは照れ笑いを含みながら奥さんとの思い出話を語る。
強がりを照れ隠しに含ませながら、この運ちゃんには未練が あるんだろうなあ、と思ったりもした。
仕事が忙しく家庭に時間を割くことの出来なかった男の悲哀。 そして、訪れた不景気でますます家庭の中に居場所を なくした男として生まれた皮肉な運命。
愛があっての結婚なのか、経済力あっての夫婦なのか、 全て備わっている男なんて何処にもいないのに、 皮肉なことにどちらも重要なエッセンスとなっている今。
それに至るまではそれぞれ理由があるんだと思うが、 お互いが100%満たされたままは難しいし、 なにかに求めてしまって破綻するのを避けることが できないのは悲劇このうえないことである。
目的地へ着く。
何枚かの札を渡す。
「釣りはいいです。」
「ええ!?」
「お互い頑張りましょう。」
「・・・・はい。ありがとうございます!」
自分の半分ほども年の若い俺なんかに頭をぺこぺこ下げる 運ちゃん。俺は心の底から運ちゃんの幸せを願った。
年齢なんて関係ない。
人にはいつの世にも幸せを得る好機がある。 年齢を重ねれば重ねるほど色んなものがまわりに多く集まり それを得ることが出来ない躊躇も伴うけれども。
2002年08月03日(土)
ふと偶然に開いた日記帳。 8年前の今日だった。 タクシーの運ちゃんとの会話を 今でも覚えている。
家を出る前妻を気遣って俺が家を 出て家なき子だったあの頃。
あの時はひどく哀しかったけど、
今となっては完全に超笑い話(笑)
今の奥さんとの結婚は「二度目の結婚」 などと思っていない。
「真の幸せな結婚」である。
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