内向的恐妻家の日記

   
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2003年06月03日(火) ある探偵事務所にて(実験日記1)

ここは、とある探偵事務所。

小さ目の事務所に不釣合いな大きな応接セットで、依頼人でもある若い女性が
調査報告書に目を通していた。

その向かいには、満足げにたばこを燻らせながら依頼人を見つめる、この
探偵事務所に所属する唯一のオーナー件探偵がいた。

一通り調査報告書に目を通し終わった女性が、目を上げた。

「この報告書の内容は、正確ですか?」

探偵は、自分に向けられた目線と言葉に、たばこの煙をふっと飲み込んだ。

一呼吸おき、たばこを灰皿に揉み入れながら、依頼人に言葉を向けた。

「この調査報告書は完璧です。私にとっても久々に、自分で満足がいく
 仕事ができました。」

その言葉に、満足そうな笑みを浮かべる依頼人。

その笑みを見ながらも探偵の心は、ある疑問に捕らわれ続けていた。

その依頼の内容とは、

『ある日記サイトに綴られているチャレンジ日記の作者について、
 その日常を余す事無く調査してほしい』


という物であった。

過去を遡ると、探偵はこの話を聞いた時、安い仕事だと思いつつも、
依頼人の彼女のどうしてもお願いしたいという情熱とに押し切られ、
この依頼を受けた。

だが、実際仕事にかかると、探偵に取っては楽な仕事でそれなりの
充実感もあった。

日記の作者に辿り着くまでは苦労したが、辿りついてしまえば、作者を
一日中尾行し、その日常を単純に記録していくだけで済む。

しかもこの作者は、恐妻家でかつ内向的性格の持ち主であり、毎日会社と
自宅を往復するだけときている。

これほど楽な仕事はないな、と探偵が思ったのも当然である。

だがしかし、仕事を続けていくうちに、何故、あのような美人がこんな
冴えない男性の日常を調査する必要があるのだろうか、という疑問が
湧き始めてきたのも事実である。

だが、そこはプロの探偵だ。

そんな疑問は億尾にも出さず黙々と尾行を続け、その冴えない日常を
調査報告書にまとめ、今日の調査報告の場と相成った。

だが、依頼人を前にすると、再び探偵の胸に『何故?』という疑問が
湧きあがってくる。

そんな思いに耐え切れなくなり、探偵は自分の職務を忘れて、
依頼人につぶやいた。

「それにしても何故。。。あなたのような女性がこのような依頼を。。。」

その言葉を予測していたかのように、依頼人は探偵に微笑を向けた。

「そうですよね。疑問に思われますよね。。。。お知りになりたいですか。」

子悪魔的な表情を見せる依頼人に、探偵は年甲斐を忘れてドギマギした。

探偵は、動揺を隠すように2本目のたばこに火をつけ、

「是非、お願いしたいですね。」

と静かに言った。

その言葉に依頼人は、満足そうにうなずくと、言葉を続けた。

「実は、その日記を読んでいる内に、この日記の作者への関心が高まって
 きてしまって、自分でもおかしいぐらい、日々この人の事を思い浮かべる
 様になってきてしまったんです。それで、この日記の作者の事をもっと
 知りたいと思って、こんな依頼を、、、
 調査して頂いてさらに、思いが深まりました。」


変った人だ。。。

探偵はそう思った。

探偵も、尾行の上で自ら彼の書く日記を読んだが、いかにも冴えない男性が書く
冴えない日記との印象しか受けなかった。

しかも、調査報告には、彼の冴えない日常しか記載されていない筈だ。

重い気持ちになりながらも、そんな中、探偵が口を開いた。

「実はそう思って、その報告書に載せていない事実が一つだけあるのですよ。」

その探偵の言葉を聞いて、依頼人の表情はふと困惑の表情に変った。
依頼人が何か言おうとするのをさえぎり、探偵は言葉を続けた。

「この事実を報告しようかどうか迷いました。
 何せ、この事実をあなたが知ったら、たぶんその純粋な思いも
 どこかに消し飛んでしまうでしょう。」

そして、一瞬の間の後、さらに言葉を続けた。

「聞きたいですか?」

その問いに、困惑の表情から決意の表情へと変化する依頼人。

「ぜひ。」

依頼人は、力強く静かに答えた。

その言葉に、探偵は席を立ち上がり、窓際のデスクの引き出しから数枚の
写真を取り出し、依頼人に手渡した。

その写真をみた途端、全身が固まる依頼人。

その写真は、日記の作者こうが自分の日記の投票ボタンを押す様子を
つぶさに連続して捉えていた。

「。。。ショックですか?」

依頼人の顔を覗きこみ、静かに声をかける探偵。

依頼人に返事がないのを確かめると、探偵は言葉を続けた。

「確かにそこに写っているのは、あなたの意中の人、こうさんの右腕です。
 そうです、彼は、自分で自分の日記に投票したのです。
 『エンピツ』において、背信行為と言っても過言でない程のえげつない
 行為です。
 これでもまだ、そのこうさんを思う事ができますか???」

「。。。」

傍目からも落ち込み具合が分かる程、肩を落とす依頼人。

しかし、やがてため息を一つつき、さばさばとした表情で顔を上げた。

「わかりました。こうさんが、こんな人だとは思ってもいませんでした。
 こんな行為をする人の事を思うなんて、時間の無駄ですよね。
 もう彼の事を考える事もやめます。
 まだ、ちょっとショックですが、すぐに立ち直れると思います。」

「それは良かった。」

あからさまにほっとした表情をみせる探偵。

依頼人は、そそくさと立ち上がり、かばんの中から先ほどしまった
調査報告書を取り出した。

「もう、これも私に必要ないものになってしまいました。適当に処分しておいて下さい。」

「わかりました。」

書類を受け取る探偵。

依頼人は、事務所の扉を開け、振り返る事無く歩き始めた。

探偵は窓からしばらくその依頼人の様子を伺っていたが、依頼人が見えなく
なると、ふと安堵の息をつき、どっぷりとソファーに腰を沈めた。

そして、3本目のたばこに火をつけると、ほどよい疲れと、前途ある女性を
冴えない男から救出した充実感に、目を細めたのであった。














こうの言い訳

ごめんなさい。つい魔がさして投票ボタンを押してしまいました。。。
でも、日記の作者さんなら、誰しも一度は自分の日記の投票ボタンを
押した事があると思うんだけどなぁ。。。

しかし、投票ボタンを押した事を日記に書きたかったら、こんな日記に
なってしまいました。。。


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