1日雑記

2002年08月29日(木)


「生きていてもつまらない
 何のために生きているのか分からない
 だから自殺する」

例えばこんな状況下、俺ならどうするだろうと考える。

今、俺は齢21を数える。
(…永遠に20歳で通したい気もするが)

もしも生きる意味を見出せずに
自殺を図るというのなら
それは愚かしい。

21年。平均寿命の4分の1というところだろうか。
たったそれだけ生きただけで
人の一生が何かを理解することなんてできない。
理解できるほど単純なものじゃないし
こと、人間の本質なんてものについては
人間が歴史を重ねたのと同じくらい
考え告がれているものだから。

…というか…そもそも「なにか」という
いかにも単発的な答えを期待する人が多すぎるんじゃないだろうか?
まるで算数…いや、国語でもいいんだけど
一文でいえるかのような…
要約しているかのような答えを期待している人が多いのではないかと。

この手の問題に関して言えば
むしろ過程こそが結論なのだと思っている。
それは要約できるようなものじゃなくて
例え繰り返しであっても
それを含めてすべてが、答えなんじゃないだろうか?

何か、という答えは生きてきたことすべてなのでは?
例えそれがどんなにつまらない日常を含んでいても
どんなにつらい日々を含んでいたとしても。

出せるはずもない
文章化、あまつさえ要約された結論を期待し、得られずに…
もしくはその一部を見ただけに過ぎないのに
生きるということに見切りをつけるというのは
本当に愚かしいとおもう。

もしも生きていることがつまらないといえる人がいるのであれば
それはきっと未来が見える人。
それ以外の人に自分の人生を語る資格なんてない。

自分が何であったかは
今際の際にでもならないとわからないのではないかと。
生きていたときすべてが結論なのだから。


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