英語通訳の極道
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2003年03月31日(月) Shock and Awe

この小文は、Webコラム「風太郎ワールド」から転載されました。

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米英軍が苦戦している。少なくとも、当初予想された短期終結の可能性はほとんどなくなったようだ。

イラク軍の幹部や兵士はもとより、民兵も自爆テロリストも、米英の攻撃に「衝撃」を受けている様子はないし、「畏怖」を感じているようにも見えない。したたかに戦っている。米英軍の戦略は、"Shock and Awe"だったはずだが。

今やあまりにも有名になった、"Shock and Awe"。軍事戦略家のHarlan K. UllmanとJames P. Wadeが、1996に発表した論文、"Shock and Awe: Achieving Rapid Dominance"の中ではじめて使った用語だ。

決定的で圧倒的な軍事力を行使することにより、敵の戦意を喪失させるという理論を指すのだが、この日本語訳が少し引っかかった。

朝日新聞はじめ多くのメディアが「衝撃と恐怖」を使っている。毎日新聞は、「衝撃と畏怖」だ。

「恐怖」という日本語は、たとえば、敵の銃撃を受ける恐怖、殺人鬼に襲われる恐怖、車や飛行機が制御不能になった時の恐怖のように、死や危害が迫っている時の心の状態に対して用いられることが多いのではないだろうか?

だから、英語に訳す場合は、"fear"、"terror"、"horror"、"fright"等が思い浮かぶ。

一方、"awe"というのは、恐いという感情より、自分の理解を超えた事象、圧倒するような存在に対して、驚くとともに、ある種の畏敬の念というか感動を覚えることではないか?たとえば、巨大な空飛ぶ円盤とか、原始的な村で起こる皆既日蝕などの非日常的現象など。

ちなみに、Collins Cobuildでは次のように定義されている。
Awe is the feeling of respect and amazement that you have when you are faced with something wonderful and often rather frightening.
この意味の日本語としては、「恐怖」より「畏怖」のほうが適切ではないだろうか?

"Awe"作戦を単純に「恐怖」作戦と呼んでしまうと、この「圧倒的」とか「自分の理解を超えた」という語感が出てこない。

この点で、私は毎日新聞の日本語訳を支持したい。また、最新の日本語版ニューズウィークが「畏怖」を使っているのを見てホッとした。

もし私の理解が間違っていれば、ご指摘いただきたい。

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ところで、この"Shock and Awe"という理論。実は、過去の「成功体験」に基づいているというのをご存知だろうか?

Ullmanたちは、前述の論文の"Introduction to Rapid Dominance"という章で、こう述べている。
Theoretically, the magnitude of Shock and Awe Rapid Dominance seeks to impose (in extreme cases) is the non-nuclear equivalent of the impact that the atomic weapons dropped on Hiroshima and Nagasaki had on the Japanese. The Japanese were prepared for suicidal resistance until both nuclear bombs were used. The impact of those weapons was sufficient to transform both the mindset of the average Japanese citizen and the outlook of the leadership through this condition of Shock and Awe. The Japanese simply could not comprehend the destructive power carried by a single airplane. This incomprehension produced a state of awe. (ハイライトは筆者による)
広島・長崎への原爆投下の「衝撃」が、日本人に"awe"を与えた。だから、同じことをイラクでもやろうという発想。

いまだに、広島・長崎は成功体験として認識されているのだ。


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