「原稿用紙20枚分を超えた」とかでエラーが出て、日記の続きを書けなくなったので翌日の日記に続きを書いてく。 現在2014年2月24日午後21時33分。
しかし、どうにもこうにも眠れない。 なので、また喫煙室に行き、その後また会場に行って親父の顔を一人で見てきた。 その時、親父に対して「今までごめんな」と言い、小声で「俺、ショタコンやねん。男の子好きやねん。ほんまにごめんな」と謝って、部屋に戻った。 午前3時半過ぎから午前4時半頃の間に、俺も眠ってしまったようだ。 午前9時前に母親に起こされて夢から醒めた。 なんか、西尾維新が書きそうな小説がそのまま映像になったような夢を見た。 幼馴染か何かの侍の素質を持った女の子が、実は裏で自分の事をめっちゃ助けてくれていた、という内容。 当の俺自身は何も気づいていない、という感じだった。 アニヲタが好きそうな感じの内容の夢だったな。 起きてから別の寝室に行くと、母親と弟が居て、母親が「○○(俺の名前)、あんたも食べ」と言って、昨日のお寿司の残りを指さしてきた。 弟の奥さんの△△さんもやってきて「どうも」という感じになった。 今回、時間帯が時間帯のおかげか、△△さんに対して殆ど緊張しなかった。 俺はお寿司の残りを食べる。 母親は「全部は食べんでええんやで」と言ってきたので、お腹がふくれたくらいでそれ以上食べるのを辞めた。 それから、俺はスーツに着替えて、顔を洗った。 午前9時半か10時半から、また打ち合わせがあるそうだ。 俺はタバコを吸ったり、親父の顔を見に行ったりして時間を潰した。 今日は棺に入って、プラスチックのカバーごしの親父を写メに撮った。 昨日撮った写メと合わせて、母親に送る。 母親が「(今さっき俺が撮ってきた)この画像、影が出来てる」と言うので、俺は「撮りなおしてこようか?」と言い、またまた会場まで下りて行って、親父の写メを撮ってきた。 やっぱり、影が出てしまう。 親父はお棺に入っているので、仕方がないか。 俺は母親に「おかん、この画像××(弟の名前)にも送ってやって」と言い、弟は「お兄ちゃん、直接送ってや」と。 俺は「メアド教えて」と言い、弟は「QRコード読める?」と言うので、俺はスマホで「Qrafter」というQRコード読み込み専用のツールを立ち上げ、「読める読める」と。 弟のスマホにQRコードが出たので、それを読み込んだ。 弟のメアドが表示されたので、それを手打ちでメールで打って、それを更にコピーして、弟のメアドを生まれて初めて自分の携帯に登録。 それから、親父の画像を、母親に送ったのと同じ4枚、弟に送った。 1回、画像送信に失敗して、エラーメールが着た。 でも、何とか4枚とも送りきった。 俺は職員の人に「数珠買いたいんですけど」と言い、職員の人は「今お持ちしますね」と言い、「貸し数珠になります」と数珠を俺に渡してきた。 俺は「いや、買いたいんですよ」と言い「こちらになります」とショーケースに案内されて、男性用の3種類の数珠を見せられた。 職員の人は「(この)見本に一番近いのはこれですね」と言ってきたので、俺はその貸し数珠に一番近い数珠を買った。 2000円した。 ボンボンみたいな綿が付いてる可愛い数珠だった。 しばらくして打ち合わせの時間になり、弟に「これ手伝って」と言われた。 お礼状みたいな物をビニール袋から出し、ちゃんと文章がある面を上にする作業を手伝ってほしい、との事。 なので、俺はそれを手伝った。 しばらくして、親父の会社の従業員たちがやってきた。 今日、会場の受付をやってもらう事になっていたのだ。 その人たちに、お礼状?を「会社関連の物」と「そうでない物」に振り分けてもらう作業をやってもらってた。 弟が「お母さん呼んできて。手が空いてるなら手伝ってほしい」と言うので、「おかん」と言いながら部屋の前に靴が並べられている寝室のふすまを開けたけど、母親は着付けの最中だった。 着物に着替えている途中。 なので、俺はそのままふすまを閉めて「おかん、着付けの最中やった」と言い、弟も理解してくれた。 俺はやる事が無くなったので、タバコを吸ったりジュースを飲んだりして、離れた席から弟たちを眺めてた。 葬儀場の職員の人たちがやってきて、打ち合わせみたいな物が始まる。 俺はよく分からなかったので、蚊帳の外みたいに眺めてた。 しばらくして、親戚たちが「おはよう」と言って入ってきた。 それから午後12時過ぎになり、親父を火葬場に連れて行く事になった。 会場の方に行って、母親が挨拶をして、弟が前日にしたのと同じような、親父が死ぬまでの経緯を説明するスピーチを行った。 弟はところどころで泣きそうになっていた。 俺は泣かなかったな。 昨日、一昨日と泣いてきたので、もう泣き飽きたのだろうか。 みんなで、献花をする事になった。 お棺の蓋が開けられた。 これが、親父に触れる本当に本当の最後の機会。 俺はまたまたペタペタ顔を触って行った。 親父のお棺にみんなで花を入れていく。 折り紙の鶴ややっこさんも入れた。 お酒も親父の顔にかからないように、母親が親父の顔の周りの部分に注いで行った。 俺も、「親父、あの世で沢山飲みや」と言いながら注いで行った。 そのちょっと前、俺の苦手な親父の昔の勤め先の元上司のSさんが、弟に「これも注いでやって」みたいに手のひらサイズのお酒を渡していたので、そのお酒も注ぐ事になった。 弟が自分の指先にお酒を付けて、それを親父の上唇と下唇にチョコン、チョコンと付けていた。 俺は「昨日やってたみたいな事を、またしたんやw」と言い、弟は「そうやなw」と。 母親が「私の指にもちょうだい」と言い、弟が母親の指にお酒を垂らし、母親も親父の唇に付けていた。 俺も「俺も欲しい」と言い、同じように親父の上唇と下唇にお酒をチョン、チョンと付けた。 親父の唇は相変わらず柔らかい。 焼香みたいな物をして、お坊さんのお経と説教が終わった後、会場から男性陣が(もちろん俺も)親父の棺桶を持ち上げて、そのまま運んで葬儀場の地下に行った。 地下には霊柩車がスタンバイしていた。 霊柩車と言っても、木製のゴツゴツしたのが付いてるような古いタイプの霊柩車じゃなく、黒くて細長い車だった。 普通の車に見えたけど。 霊柩車はクラクションを鳴らす物だと思っていたけど、鳴らさなかったな。 俺は、さっき親父の唇に触れた指を舐めてみた。 親父のほっぺにチューは出来なかったから、間接キスだけしておいた。 それから俺たちは霊柩車の後を追って、バスで火葬場に向かった。 どんどん坂を上ってく。 凄い坂道だった。 火葬場に到着。 俺が「クラクション鳴らさないんですか?」と言うと、火葬場の人は「近隣住民が居ますので、クラクションは鳴らしません」と。 俺は母親に「葬儀場出る時も、クラクション鳴らさへんかったやんな?」と言い、母親は「覚えてないわ・・・」と。 それからみんなで、親父の棺を火葬場の引き出しみたいなところにセットした。 そこでまた焼香をして、お坊さんが「お願いします」と言い、親父の棺はスライドする床?で火葬をする為のスポットに引き込まれて行った。 それから、またバスで葬儀場に戻った。 みんなで控室に行く。 今から昼ごはんらしい。 天ぷらやら刺身やらごちそうが出た。 めっちゃ美味しかった。 親戚たちと、親父について色々話した。 午後15時05分になり、またバスで火葬場に向かう事になった。 母親が「あんた、これ持って」と言うので、俺は親父の遺影を抱えてバスに乗った。 母親に「親父、もう骨になってしまったかな」と言い、母親は「なってるやろ。なってないと困るし」と。 火葬場に向かう途中、俺は母親に「凄い坂やな」と言い、母親はうなずくだけ。 母親が俺に「ハンカチある?」と言い、俺は「ちゃんとあるで」と言い、昨日母親に借りたハンカチをポケットから引っ張り出した。 火葬場に到着。 俺は「骨になった親父、また写メ撮ろうか?」と言い、母親は「ここ、『撮影禁止』って書いてあるで」と。 その後、また焼香したんだっけかな。 うろ覚えだ。 「お箸を取ってください」と言われ、それぞれお箸を手に取った。 上が白く塗られたお箸と、上が黒く塗られたお箸を1本ずつ渡された。 2本は長さが違ってた。 黒か白、どっちかが長くて、それはみんな共通していた。 この長さの違いにも、何か意味があるのだろう。 母方の祖父は「わしはええわ」と言って、お箸を元の場所に戻してた。 それから、親父のお棺を乗せてた床がスライドして親父の遺骨が出てきた。 親父の遺骨は真っ平らになっていた。 俺は心の中で「こんな姿になっちまって・・・」とつぶやいた。 母親は目をハンカチで拭ってた。 足、腰、お腹、胸、肩、顔とそれぞれ鉄のラインで部位が区切られていた。 大きい骨壺と小さい骨壺が用意されてた。 焼いた骨の匂いが立ち込めていた。 でも、思ってたほど臭くない。 俺が小2の頃に他界した父方の祖父のお骨は、もっと臭かった記憶があったけど。 それから、火葬場の人が母親に「喪主の方にやってもらいます。これが喉仏のお骨になります。小さい方に収めてください」と言い、母親は言われた通りにしていた。 「これが頭の骨になります。こちらの骨で蓋をしてください」と言い、母親は言われた通りに。 それから、今度は大きい骨壺に骨を収めて行く事になった。 「こちらが足の指の骨になります。こちらが目の周りの骨になります。こちらがひざの皿の骨になります。こちらが耳の部分の骨になります。こちらが歯になります。こちらが上あごになります。こちらが下あごになります」と1個1個丁寧に説明された。 「みなさま、足の方から順番にお骨をお収めください。骨壺が7割くらいまで埋まったところで、止めてください。蓋が出来なくなるので」と言われ、みんなで足から順に骨壺に骨を収めていく。 俺はつい大きい骨を入れてしまって、弟に「こんな大きいの入れたら、後が収められなくなるやんw」と言われた。 俺が収めた大きい骨は、それはそれで、そのまま収める事になったんだけど。 祖父は無言で、遺骨の傍から離れて行った。 祖父一人だけが骨を収める作業に参加しなかった。 昔の奥さん、俺の母親のお母さんの死が未だにトラウマになってるんだろうな。 骨壺が7割くらいまで埋まり、最後は顔や頭の骨で蓋をする事になった。 最後も母親が蓋をしたと思う。 火葬場の人が「残りの骨は〜霊園の方にきちんと埋葬させてもらうので、安心してください」と。 みんながぞろぞろと火葬場を出て行き、母親が「これ、時計やわ。焼け残ってる。□□さん(親父の名前)に時計付けさせたまま忘れとったわ・・・」と。 俺が以前神戸の実家に行った時に、親父の為に実家から取ってきた親父のお気に入りのRADOの時計だ。 腕の骨の周りにハマってた。 このままだと処分されてしまう。 弟が「お兄ちゃん、これ持って帰りや」と言い、俺は「そうするわ」と。 親父の左腕の骨から腕時計を抜き取り、弟が出してくれたハンカチと、弟の奥さんの△△さんが出してくれたハンカチで時計の燃え残りを挟んだ。 俺は「遺品入れとか無いかな。もらえるんかな」と言い、弟は「あるかもしれへんな」と。 バスの中でハンカチで挟んだ時計を触ってみたけど、少し熱かった。 俺は時計の匂いを嗅いだ。 親父の骨の匂いがするかもしれないから。 少し、花の匂いがする気がした。 親父のお棺、花だらけになってたもんな。 俺は「この時計、花の匂いがせえへん?」と弟に言い、弟は「これ、△△のハンカチの匂いちゃうかな?△△のハンカチ、香水付いてたかもしれへんし」と。 それから葬儀場にまた戻ってきた。 俺が職員の人に「父の時計が燃え残ってたんですよ。遺品入れありますか?」と言うと「骨壺でいいですか?」と言い、小さい方の骨壺をまた新しく出してもらって、その骨壺に入れる事になった。 ちゃんと布みたいなカバーもしてくれて。 会場に戻る。 祭壇に、親父の小さい骨壺と大きい骨壺が置かれてて、弟が「これも一緒に拝んでもらおう」と言い、祭壇の左端に置かせてもらった。 お坊さんが来て、お経を唱える。 説教もあったな。 お坊さんのお経と説教が終わり、「これにて式は全て終わりとなります」と。 俺は「おかん、これ(親父の時計が入った骨壺)神戸の実家に持って帰るか?俺持って帰っても、部屋でヤニだらけになるだけやし」と。 母親がお骨と一緒に、神戸の実家に時計の入った骨壺も持って帰る事になった。 それから控室に戻り、みんなが帰って行った。 俺たち家族と城崎の伯母の家族は残り「せっかくだし、もっとお話ししましょうよ」となって、それから母親と△△さんの着付け直しが終わるまでみんなで雑談していた。 母親と△△さんが戻ってきた後も雑談していた。 「お墓をどうするか」という話になった。 父方の祖父は生前「□□も☆☆(母親の名前)も○○も××も、みんな城崎のお墓に入るんや」と言っていたけど、どうやらスペースが無いらしい。 なので、阪神間のお墓を見つけてあるので、そこに納骨しようかどうか、という話になった。 納骨は急がなくてもいいらしい。 それから、親父が死ぬ直前に病院に来ていたIさんという人の話になった。 俺、親父が死ぬ前にHCUという名前の詰所みたいな親族が集まっている部屋に通された時、一人だけ見覚えの無い人が居たんだよ。 親父のお通夜の時も、その人「俺、お父さんの誕生日の時にも病院に来てたやんな?あんた(俺の事)、誕生日ケーキ買ってきてたやん。俺おった俺おった」と、やたら「俺、俺」とアピールしてきてた。 俺はその人の顔、全く覚えてなくて、その時「すいません、覚えてません」と言ったけど。 親父が死ぬ直前の集まりの中でも、その人一人だけ俺にとって馴染みの無い人で、「明らかにこの人だけ場違いだろ」と思っていたけど、その人がIさんなのだと言う。 以前、Iさんについて伯母から話を聞いた事があった。 親父の兄で医者をやっている伯父の太鼓持ち、腰ぎんちゃく、金魚の糞みたいな感じの人で、同じく医者をやってる親父の弟の叔父と俺の親父が、伯父と対立するのを煽り立ててたしょうもない人らしい。 俺は「合点がいったわ」という感じになった。 明らかにその人だけ場違いだったし、俺にもグイグイ寄ってきて「何この人?」って感じになってたし。 俺も「あの人だけ、確かに場違いやなって思ってた。親父が死ぬ前、あの人はB伯父さん(伯父の名前)に付いてきてたん?」と言い、伯母は「そうやで。兄(B伯父さん)に付いてきててん」と。 そんな感じの事を話した。 結局、お墓をどうするか、という事について話はまだまとまらなかった。 話し込んでいるうちに日が沈んだ。 △△さんも居るし、俺もそろそろ緊張して震えが出るかな、と思ったけど、震えなかったな。 何故だか知らないけど、落ち着いていた。 昨日、薬も飲んでないのに不思議な事に。 △△さんの事を、俺の中で感覚的に「身内」として受け入れ始めているのかな。 しばらくして、みんな控室を後にする事になった。 エレベーターで1階まで下り、神戸の実家までお骨や荷物を届けてくれる業者の車には2人しか乗れない、という話になっていた。 弟は「自分と△△はタクシーで後を追うわ」と言って、俺が「じゃあ、俺も実家行こうか?」と言ったけど、母親が「あんたはもう帰り、帰り」と強く言う。 △△さんが「神戸の実家に泊まったらどうでしょう?」と言うので、俺は「いや、薬飲まないと寝られないんですよ」と。 母親は「あんた、もう疲れてるやろ。ここから帰った方が近いし、はよ帰り」と言ってきたので、俺一人家に帰ってきた。 日が沈んで真っ暗になっていたので、山も見えず、北に向かってるつもりが、スマホのコンパスで確認してみたら南に向かって歩いてた、という事が判明して引き返したり。 そんな感じで、何とか家まで帰ってきた。 そして日記を書き始めた。 現在2014年2月24日午後23時00分。
昨日と今日の出来事を日記に書くのに、3時間29分もかかったのか・・・ めっちゃ長文書いたよな。
腹減った・・・ 今日、葬儀場を後にする時、果物の詰め合わせみたいな紙袋を貰ったので、バナナを2本だけ食べた。 親父の祭壇に飾られていた果物らしく、「ライトが当たり続けていたので、早めにお召し上がりください」との事だった。
現在午後23時20分。 今日で親父の葬式も終わってしまった。 出来事を書き綴るのに消耗しすぎて、未だに実感が沸いてこない。 俺の親父は死んだんだ。
親父のお通夜と葬式で炭水化物を沢山食べたので、また体重が2キロくらいリバウンドしていた・・・
現在午後23時26分。 すっかり忘れていたので、今、玄関で肩に塩を振っておいた。 葬式帰りの習わしだよな。 昨日、今日と誰も俺に説明してくれなかったけど。
親父、2月22日、親父が死亡した日にも日記を書いてて、「何とか会社を軟着陸させたい」と記していたのだが、その日のうちに死んでしまった。 母親は親父が死んだ後、「□□さん、駄目駄目やん・・・」と言ってた。 でも、苦しまずに逝けただけ良かったかもな。 俺と弟が到着するまでは心臓マッサージで苦しんでたかもしれないけど・・・ 母親がうなぎを買ってきて、ビールと一緒に親父に食べさせ、母親も親父の反対側を向いてうなぎを食べてて。 「パクパク」と食べている音が聞こえてきてたのだが、突然息がヒューヒューなって、器官?からピュイーみたいな音も鳴ってきて、看護師さんを呼んで「これはドクターを呼ばなあかん」という話になって、そこから心臓マッサージだそうだ。 親父の担当の○×先生も、呼ばれた時「まさか□□さんが死にかけてるとは思わなかった」と思っていたと言っていた。 意識が落ちるまですぐだったみたいだし、親父は殆ど苦しまずに逝けたんだろうな。 そう信じる事にする。 母親から昔から「癌で死ぬのは苦しいで」と言われ続けてきたし、もっと苦しむ物だと思っていたけど、親父の闘病生活を見てて、殆ど苦しんでいる素振りは無かったし。 癌でこんなに楽に逝けるなんて奇跡じゃないか、と思えるし。 むしろ、こういう逝き方が出来て、今回の癌は良かったんじゃないか、と。 ここまで書いてて、目頭が熱くなってきた・・・
本当、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる・・・ もう親父の生の声も聴けないんだ。 寂しいな;;;;
病院で、親父を立ち上がらせる時、重たかった感覚がまだ俺の中に残ってる・・・
親父の遺体を撮った写メを見ているけど、写メで見てると、本当、ただ眠っているだけのように見える。 実際に生で見たら、顔が土気色になっていたり、冷たかったりするのが実感出来て「生きてないんだ」って感じはしたけど。
現在2014年2月25日午前0時00分。 ここからが本当の今日の日記だ。
親父が死んで、3日経ったのか・・・ なんか、胸の中に握りこぶし、グーが入っているような気持ち悪い感覚がある・・・ こういうのを「胸にぽっかり穴が空く」と表現するのか。 親父の葬儀が終わったのも「昨日」になってしまったな。
葬式中は全然このぽっかり具合を実感していなかった。 じわじわくるな・・・
現在午前0時31分。 疲れてる。 少し横になろうかな・・・
現在午前1時38分。 今日はそろそろ眠ろうか。
昨日の分の日記も、また添削しておいた。 色々と書き直した。 変な風になってる箇所とかを。
今日は午後12時半頃に目が醒めた。 探偵になって張り込み?みたいな事をする夢を見た。 経費でファミレスでごはんを食べてた。 スーパーの中を走り回ったりしてたっけ。
まだ身体が疲れてる。
母親から着信が来ていた。 午後12時13分に。 そして留守電が入っていたけど、声が遠い。 東京の叔母が実家のマンションに泊まったらしいけど、叔母との話し声が聞こえてきた。 「大阪に買い物行く?」どうたらこうたら、と。 折り返しこっちから電話をかけたけど、繋がらない。
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