リュカの日記

2006年03月15日(水)

今日は、午前8時頃に目が覚めた。
本当、自分の人生本当何なんだろうな・・・・
いつもいつも、肝心なタイミングで奪われ阻まれ。
食い違い食い違い食い違い。
そんなんばっかだ。
何一つ納得させてもらえない。
気持ち悪さや後味の悪さしか残せない。
今更誰かに何を理解されたところで、俺自身がリアルタイムで実感してないので意味もなし。
そうなるように仕向けてる、何かの意思を感じてならない。
何もかも、上手くは行かない。
あと、ちょうど一週間であの子も成人。
少年ではなくなってしまう。

何を考えようとしても、何をまとめて書こうとしても、絶対に良いタイミングで邪魔される。
何度も何度も考え直し、書き直す。
気を散らされて、感じてないのに考え直す。
何度目かに、邪魔が入らず考え切る事が出来たけど、その頃には意識は全然別の場所に散っている。邪魔されやしないか、というプレッシャーのみに捉われている。考え切ったところで数を数える。
1.2.3.4.5.6.7.8とか。
数を数えている間に物音一つしなければ、「これで考えている間、邪魔される事なく最後まで考え切れたんだ」と、無理やり納得しようとさせる。
でも、心の中は空っぽだ。
いつもそんな感じで、無理やり考えを終結させる。
だから、何かを考え出す事にも強いプレッシャーを常に感じる。

タイプの少年の姿を目にするような事があると、本当にたまらなく切なく厭な気持ちにしかなれない。こんなに特殊で素晴らしい姿をしているんだ・・と。
その上で、「あんまりだ・・・」という気持ちになる。
何でこんなに特別で可愛く綺麗な子が、何の価値もないような汚い奴らに汚される。
理不尽過ぎる。あって良い訳が無いのに。
本当にあんまりだ。神も仏も無い。
最高で完璧な存在なのに、そういう子の姿を目にする度、今まで受けた悔しい気持ちが連想されるだけになってしまう。
美術の授業で、よく「綺麗なものや人を目にすると、誰しも、ただ癒されて魅了されるような気持ちになります」という事を言っているけど、俺は全然そういう風な気持ちになれない。
少年に対してそう感じる事さえ、そういう少年とは全くの対象物である、汚く醜い下衆ゴミ共によって奪われた。

本当、もう救いようなんてどこにもない・・・・・
信じられないくらい、舞い上がるくらいに嬉しい機会があったとしても、汚い奴らに奪って潰されグチャグチャに汚される為の伏線でしか無いもんな!!

皮膚科に行く前に、久しぶりに風呂に入った。
シャワーの音で周りの雑音が消えるので、集中力が高まって、腹に溜め込んできたものが一気に爆発する感じで高まっていく。
今まで感じた無念とか、身の回りで起こった理不尽さに対するやりきれなさとか、あの子に対する筋の通らない怒りとか。
心の中で叫び続けているような感じになった。
陰惨で、俺には我慢できない事ばかり。
だから、何もかもを拒絶する。
それによって、ますます悔しくなっていく。
本当に、失うだけの人生だ。
大事なモノは、得る事を俺的に拒否せざるを得ないような状況に、周りに仕向けられるから。
何もかもがどうしようもなくなっていく・・・

風呂に入って髪を洗ったついでに、今日は散髪に行ってきた。
4.5ヶ月ぶりくらいだろうか。
前髪がアゴくらいまであって邪魔だったので、眉毛くらいの長さにまで切ってもらった。
散髪中もずっと気分が沈み込んでて、シャンプーをしている時とか「俺なんか死ねばいいのに」「死にたい死にたい」「このまま首でも絞めて殺してくれないかな」みたいな意識が駆け巡っていた。

今日は、憂鬱になって、そのまま横になってボーっとしてしまう事が多かった。
一度横になってしまうと、中々起き上がる事が出来なくなる。
何時間も、何時間もボーっとしていた。
感じていた事が膨大過ぎて、全部を吐き出そうと思うとさすがにキツイ。
この先あの子がいくら貞操みたいなものを守ってくれても、逆にこの先何人ものおっさんと関係を持ったとしても、一度そういう目に遭わされた以上、俺にとってはどちらも同じ事なんだ、とか。
そういう目に遭わされた以上、もう自分にとってのタイプの子とは言えなくなった。どんなに見た目が好みだろうが、どんなに自分を理解してくれようが、もうタイプの子として見る事は出来ない。
そして、俺はタイプの子しか恋愛対象にする事が出来ない。
「人生まだまだこれからです」なんて言われても、そうやってかけてくれた言葉も、全て無駄にしか出来なくなった自分自身に嫌気が射した。
踏みにじって踏みにじって踏みにじって。
そういう子に対して、自分は凄く酷い仕打ちをしてるんだ、という事に対して、とてもたまらない気持ちになってくる。
こういう仕打ちをしているのが自分じゃなくて、その子を否定する理由や状況も違えば、その様子を見る俺は「何でここまで想ってくれてる子を、ここまで拒絶するのだろう・・」と感じるに違いないという事を、自分で知ってる。たまらない。
でも、あの子がそういう目にさえ遭わされてなければ、ここまで自分を理解してくれはしなかったと思う。自分を理解してくれる上で、そういう目に遭わされてない子、みたいな都合の良い存在は居ないのだろうか。
そういう目に遭ってない子は自分を理解もしてくれない。
自分を理解してくれる子は、そういう目に遭わされている。
そのどちらかだ、という風になってるのだろうか。
せめて、俺があの子に救いを見た時、その時まだそういう目に遭わされてなかったらな。その後初めてそういう目に遭わされた、なら多分受け入れていく事も出来たかもしれない。
でも、知り合う前には、すでにそういう目に遭わされていた。
だから、俺があの子に対して感じたものは、自分の中で全て嘘になってしまった。
以前は、見た目がタイプでそういう目に遭わされていない少年だったら、誰でも「これ以上ない最高の存在」だったのに、その基準もこの3年ほどで大きく上がってしまったな。
「そういう目に遭わされていなくて、見た目がタイプで、なおかつ"自分を理解してくれる"男の子」と。
以前は見た目がタイプでさえあれば、それ以上望む事もなかったけれど、少年の精神面であの子がベースになってきた。
でも、あそこまで思いやり深い子はそうは居ないだろうな、と。
そういう目に遭わされてるから、あの子の性格とか優しさとか、全部苦痛にしか見れなくなったけど。
何でそういう目に遭わされてたんだ・・・・、と。
同じショックを反芻し過ぎて、もう、あまり「ありえない事」「そこまでの事」には感じられなくなったけど、二度と立ち直れる気がしない。


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リュカ

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