リュカの日記

2005年12月08日(木)

何で自分にはいつも、希望を持たせてくれないんだろう、と思う。

メッセの子から、身が竦むような事を聞かされた。
不安感が憑き纏う。
その反面、妙に心が冷静だ。
「どうせ俺が何を思ったところで、意味なんて無いのだ」「それに今更・・・」と、こんな気持ちになっている。
散々絶望させられてきたのに、今更不安になったり苦しんだりが面倒だ。
それが無事に解消されたところで、俺には何も残らない。

そんな感覚で受け止めてしまっている事が、また後ろめたかったりもする。

俺はバイトの警備員として、人里離れたど田舎に配属された。
同僚の中年女から、身の上話を聞かされる。
昔自分に告白してきた男が居て、その申し出を断った。
すると、その男は自殺して、こんなものを残していた、と俺に遺書らしきものを見せてきた。
「あなたを恨みます」
そう書かれていた。
遺書の空白部分には、自殺した男の死に顔が描かれていた。
その死に顔は、中年女が死体を見ながらスケッチしたものらしい。
化けて出るみたいな内容の遺書だったので、もしもその自殺男を馬鹿にするような事を叫んでみたら、この場に現れるかもしれない。
恐ろしいと思いながらも、罵詈雑言を叫び散らす。
叫んだ後で、恐怖に震えた。
「もしかしたら出てくるのだろうか、出てくるのだろうか・・」
結局、何も出てこないまま夢は終わった。
午前11時過ぎに目が醒めた。
寝起きからメッセの子からメールが入った。
どうやら、心配するような事は何も無く、全部無事に済んだらしい、との事。

自分が歳を取っていくことで、どんどん少年と関われる事も無くなっていくんだろうな。
歳を取った自分を気遣ってくれるような少年が現れるとすれば、ショタコン野郎に汚されて、そのためにゲイになり下がり、ショタコン親父を求めるようになった、ショタコン野郎にとってこの上なく都合の良い人格を持つようになった少年くらいだったり。俺が絶対に認めたくない類の存在だ。
殆ど、調教されてるのと変わらない。
昔は、ショタコンの自分にとって都合の良い少年なんて存在しないと思っていたのに、今じゃ、ショタコン野郎にとって都合の良い少年しか目にする事は無くなった。逆に、ショタコン野郎にとって都合の良い人格を持たない少年なんて居るのだろうか、と思えるくらいに。
叶うどころか、喜んだり希望を持つことさえ許されていないような状態だ。
そういう子と、望む形で関われるような機会はあったのに。
機会はあったのに諦めたくない、という無念を、いつも日常的に感じている。
数年前まで俺は、ネットなどで、タイプだと思える少年を見つけるたびに、自分から声をかけて、知り合いになったり関わり合いになろうとする事が多かった。
あの話を聞いて以来、俺はネット上でも、もう誰にも声をかけに行く事はなくなった。知り合いを作ろうとする事も、自分から誰かと関わろうとする事も全く無い。
あの子から受け取って今も残っているものは、あの話を聞いて以来自分の中でハッキリとさせられた、「そういう目に遭わされた少年に対して、何ひとつ喜んでは、認めてはいけないんだ」という意識のみだ。

もしも、万が一そういう目に遭わされた事がない少年を目にする事があったとしても、「この子も、ショタコン野郎にそういう目に遭わされるようになったら、そういう奴らに都合良く、そういう奴らを認めたりするようになるんだろうな」と、疑わなくてはならなくなった。
もっとも、今のところ、そういう目に遭わされた事が無い、というタイプの少年には、一度もお目にかかった事が無いけれど。

あの子と知り合う以前なら、どんなに苦しく絶望しても、そういう少年自身に悩みを話し言葉をもらえるような事があったら、それがどんなに簡単な言葉だろうが、解放された気になれる自信はあったんだけどな。

今日の授業は、4時限目の精神保健学だけだった。
途中から授業に参加した。
授業が終わり、クリスマスパーティーのチケットを買いに行った。
500円で買えた。
買った時、売り場に居た一般学生は俺一人で、俺がチケットを買った時、チケットを発行している学生たちが「チケット!チケット!」と盛り上がり、少しばつの悪いような気になった。
次に、図書館に行って「X-FILE」を観た。
大学の図書館に置いてある「X-FILE」のDVDは、全部で3本。
今日観たやつが、3本目。つまり最後だ。
観終わってから、家に帰った。
手が凍えて、思うように指が動かず、上手くキーボードが打てない。

なんか苦しい・・・

今更身近な少年が助かったところで、救われないくらいのところにまで追い込まれ、犠牲になったら犠牲になったで、また足され。
もう、精神ボロボロに追い込まれ尽くした。


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リュカ

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