2004年10月01日(金) 地図にはない場所
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て一週間目。
わたしは、バスの運転手からもらった地図を眺めながら歩いていた。
地図のとおり、このへんには草原と遠くの山以外なにもない。
まあ、なにもなくてもいい。のんびり行こう。そう思っていたときだった。

「これ。大事なものを見落とすぞ。」

と、いきなり話しかけられた。
驚いて横を見ると大きな台車を押したおじいさんが立っていた。
わたしは小さなお辞儀をして、首をかしげる。

「見落とす?」
「そうだ、世界は自分の目で眺めろ。紙の上にのっていないものも見えるぞ。」
「地図にのっていないもの。」
「たとえば、その地図におじょうさんはのってるか。」
「いいえ。」
「そういうことだ。」

おじいさんはそう言って、台車を押しながら歩いていった。
振り向いたわたしに、背中を向けながら手を振って。
わたしは少し考えて、地図を小さく折りたたむとポケットに入れた。

そこから少し歩いた先に、ベンチがあったので腰掛ける。
周りには色とりどりの花畑。あっという間に目を奪われた。
そのとき、わたしはまたしても突然話しかけられた。
それもとんでもなく小さな声で。

「こんにちは。」
「え?」
「こんにちは。」

わたしは声のする方向を必死で探して。ふと、気づいた。
ベンチの近くに咲いていたピンク色の花の上。
たいして大きくもない花の上に、小さな家が何軒かたっていた。
おまけに、小指の第二関節ほどの大きさの人間らしき生き物も。

「あぁ、気づいてもらえた。」
「あ、ごめんなさい。なかなか気づかなくて。」

その小人は小さくお辞儀をし、にっこりと微笑んだ。
その小人のまわりに、わらわらと他の小人たちもあつまってくる。

「わぁ、大きな人間だぁ。」
「なんだか怖いわ。すごく大きい歯ねぇ。」
「ビックなだけにビックリー!なんてね。」

好き勝手言われた上に、とんでもなく面白くないダジャレで迎えられ
わたしは思わず鼻で笑ってしまった。
すると、わたしの鼻息がそうとう強かったのか
花の上の家はブルブルと震え、小人たちは叫びながら3センチほど吹っ飛んだ。

「あ、ご、ごめんなさい。」
「うぅ、気をつけてください。」

それから、わたしは彼らの小さな声に注意深く聞き耳をたて
彼らを飛ばさないよう囁くように返事を返した。

「この花畑にはたくさんの村があるんです。」
「へぇ、そうなの。ひとつの花の上がひとつの村になるのね。」
「そうです。枯れたら、落ち葉の上に引っ越すんです。」
「そうなの。」
「向こうのチューリップ畑に咲いている、とびきり華やかなピンクのチューリップには、この国のお姫様が住んでいるんですよ。」
「へぇ。摘まないように注意するわ。」
「…お願いしますよ。」

すっかり仲良くなって、彼らはわたしに
特別な蜜のジュースをご馳走してくれた。
それは持つのも苦労するくらい小さな鍋に入っていた。
わたしは落とさないようにそっと持って、舐めるように飲んだ。
ほんのちょっぴりしかなかったけれど、舌の上にじんわりと甘さが広がる。
それがとろけるように美味しいことは、難なく分かった。

「美味しいわ。」
「そうでしょう。」

お礼にわたしは地図を小さく破って彼らに渡した。
紙は貴重品なのだと、彼らは喜んで受け取ってくれた。
(たぶん20年は紙に苦労しないだろう。)

花畑を後にして、わたしはおじいさんの言葉を思い出していた。
せっかく旅にでているのだ。
世界は自分の目で見なければ。
わたしはあの蜜のジュースもう一度飲みたかったなぁと思いながら、また歩き始めた。

大切なものを見逃さないように、世界に目を向けて。

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サクラちゃんからのお題「地図にはない場所」より。





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