9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。
旅に出て一週間目。 わたしは、バスの運転手からもらった地図を眺めながら歩いていた。 地図のとおり、このへんには草原と遠くの山以外なにもない。 まあ、なにもなくてもいい。のんびり行こう。そう思っていたときだった。
「これ。大事なものを見落とすぞ。」
と、いきなり話しかけられた。 驚いて横を見ると大きな台車を押したおじいさんが立っていた。 わたしは小さなお辞儀をして、首をかしげる。
「見落とす?」 「そうだ、世界は自分の目で眺めろ。紙の上にのっていないものも見えるぞ。」 「地図にのっていないもの。」 「たとえば、その地図におじょうさんはのってるか。」 「いいえ。」 「そういうことだ。」
おじいさんはそう言って、台車を押しながら歩いていった。 振り向いたわたしに、背中を向けながら手を振って。 わたしは少し考えて、地図を小さく折りたたむとポケットに入れた。
そこから少し歩いた先に、ベンチがあったので腰掛ける。 周りには色とりどりの花畑。あっという間に目を奪われた。 そのとき、わたしはまたしても突然話しかけられた。 それもとんでもなく小さな声で。
「こんにちは。」 「え?」 「こんにちは。」
わたしは声のする方向を必死で探して。ふと、気づいた。 ベンチの近くに咲いていたピンク色の花の上。 たいして大きくもない花の上に、小さな家が何軒かたっていた。 おまけに、小指の第二関節ほどの大きさの人間らしき生き物も。
「あぁ、気づいてもらえた。」 「あ、ごめんなさい。なかなか気づかなくて。」
その小人は小さくお辞儀をし、にっこりと微笑んだ。 その小人のまわりに、わらわらと他の小人たちもあつまってくる。
「わぁ、大きな人間だぁ。」 「なんだか怖いわ。すごく大きい歯ねぇ。」 「ビックなだけにビックリー!なんてね。」
好き勝手言われた上に、とんでもなく面白くないダジャレで迎えられ わたしは思わず鼻で笑ってしまった。 すると、わたしの鼻息がそうとう強かったのか 花の上の家はブルブルと震え、小人たちは叫びながら3センチほど吹っ飛んだ。
「あ、ご、ごめんなさい。」 「うぅ、気をつけてください。」
それから、わたしは彼らの小さな声に注意深く聞き耳をたて 彼らを飛ばさないよう囁くように返事を返した。
「この花畑にはたくさんの村があるんです。」 「へぇ、そうなの。ひとつの花の上がひとつの村になるのね。」 「そうです。枯れたら、落ち葉の上に引っ越すんです。」 「そうなの。」 「向こうのチューリップ畑に咲いている、とびきり華やかなピンクのチューリップには、この国のお姫様が住んでいるんですよ。」 「へぇ。摘まないように注意するわ。」 「…お願いしますよ。」
すっかり仲良くなって、彼らはわたしに 特別な蜜のジュースをご馳走してくれた。 それは持つのも苦労するくらい小さな鍋に入っていた。 わたしは落とさないようにそっと持って、舐めるように飲んだ。 ほんのちょっぴりしかなかったけれど、舌の上にじんわりと甘さが広がる。 それがとろけるように美味しいことは、難なく分かった。
「美味しいわ。」 「そうでしょう。」
お礼にわたしは地図を小さく破って彼らに渡した。 紙は貴重品なのだと、彼らは喜んで受け取ってくれた。 (たぶん20年は紙に苦労しないだろう。)
花畑を後にして、わたしはおじいさんの言葉を思い出していた。 せっかく旅にでているのだ。 世界は自分の目で見なければ。 わたしはあの蜜のジュースもう一度飲みたかったなぁと思いながら、また歩き始めた。
大切なものを見逃さないように、世界に目を向けて。
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サクラちゃんからのお題「地図にはない場所」より。
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