2004年08月27日(金) 機械仕掛けの心臓
 

※8/21からの連載になっています。まずは21日の「メモ書き」からお読みください。

旅に出て9ヶ月と一週間目。
わたしは機械仕掛けの街で、体の半分が機械でできた少女に会った。

「本当ににぎやかな街ね。」
「ええ。何もかもが機械で出来てますから。
あの木も、あの美しい水も、この空気も全部機械で作り出されています。」

少女は微笑して何でもないことのように言ってのける。
わたしは舌を巻いてしまった。

機械仕掛けの街。この街はその名にふさわしい。
どこを見ても機械だ。
鉄筋コンクリートで固められた建物、煙を排出し続けるパイプ。
人間と同じような体つきのロボットが、ほうきで丁寧に地面を掃いている。
そこらじゅうに、これは機械であると証明するようなものばかり。
この街ではなにもかもが鉛色だった。

「この街で手に入らないものは何もありません。」
「たとえば?」
「恋する心すら、ここでは簡単に作れてしまうのですよ。」
「恋する心。」
「そうです。」

少女はそう言って自分の体をわたしに指し示した。
彼女の体は左半分が鉛で覆われている。
事故にあい、機械を取り付けたことでわたしは生きている、と彼女は言った。

「すばらしいでしょう。」
「ええ。」
「わたしは幸せです。この国で生まれて。」

わたしは空を見上げた。黄色い空。
煙と混ざってひどく低く見える。
近くのパイプは相変わらずしゅこしゅこと煙を出し続けている。
高すぎるクレーンがいくつも重なって、空を隠している。

「ところで。」
「はい。」
「恋心なんてどうやって作るの。」

わたしがまじめな顔をして聞くと彼女は
初めて年相応の笑顔を見せた。

「自分を好きだとインプットさせて
相手と同じような機械を作るだけです。簡単でしょう。」
「なるほど。分かりやすい説明をどうも。」
「ここでは何もかも簡単に作れてしまうのです。
体も、心も、幸せも。すばらしいでしょう。」
「ええ。」

彼女は興奮した様子で話し終わると
ふぅと大きくため息をついた。
わたしは止むことのない騒音に耳を傾け、余計な一言を言ってしまう。

「わたしには、少し物足りないけど。」

彼女は怒ることなく、微笑した。
わたしは彼女の鉛色の左目の赤い点が
すこし揺らいだように見えたが、きっと気のせいだ。
彼女の幸せは少なくともここにある。
この機械仕掛けの街に。

(たぶん本物の)太陽がゆっくりと下降している。
わたしは彼女の鉛の手をとって歩き始めた。





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