※8/21からの連載になっています。まずは21日の「メモ書き」からお読みください。
旅に出て9ヶ月と一週間目。 わたしは機械仕掛けの街で、体の半分が機械でできた少女に会った。
「本当ににぎやかな街ね。」 「ええ。何もかもが機械で出来てますから。 あの木も、あの美しい水も、この空気も全部機械で作り出されています。」
少女は微笑して何でもないことのように言ってのける。 わたしは舌を巻いてしまった。
機械仕掛けの街。この街はその名にふさわしい。 どこを見ても機械だ。 鉄筋コンクリートで固められた建物、煙を排出し続けるパイプ。 人間と同じような体つきのロボットが、ほうきで丁寧に地面を掃いている。 そこらじゅうに、これは機械であると証明するようなものばかり。 この街ではなにもかもが鉛色だった。
「この街で手に入らないものは何もありません。」 「たとえば?」 「恋する心すら、ここでは簡単に作れてしまうのですよ。」 「恋する心。」 「そうです。」
少女はそう言って自分の体をわたしに指し示した。 彼女の体は左半分が鉛で覆われている。 事故にあい、機械を取り付けたことでわたしは生きている、と彼女は言った。
「すばらしいでしょう。」 「ええ。」 「わたしは幸せです。この国で生まれて。」
わたしは空を見上げた。黄色い空。 煙と混ざってひどく低く見える。 近くのパイプは相変わらずしゅこしゅこと煙を出し続けている。 高すぎるクレーンがいくつも重なって、空を隠している。
「ところで。」 「はい。」 「恋心なんてどうやって作るの。」
わたしがまじめな顔をして聞くと彼女は 初めて年相応の笑顔を見せた。
「自分を好きだとインプットさせて 相手と同じような機械を作るだけです。簡単でしょう。」 「なるほど。分かりやすい説明をどうも。」 「ここでは何もかも簡単に作れてしまうのです。 体も、心も、幸せも。すばらしいでしょう。」 「ええ。」
彼女は興奮した様子で話し終わると ふぅと大きくため息をついた。 わたしは止むことのない騒音に耳を傾け、余計な一言を言ってしまう。
「わたしには、少し物足りないけど。」
彼女は怒ることなく、微笑した。 わたしは彼女の鉛色の左目の赤い点が すこし揺らいだように見えたが、きっと気のせいだ。 彼女の幸せは少なくともここにある。 この機械仕掛けの街に。
(たぶん本物の)太陽がゆっくりと下降している。 わたしは彼女の鉛の手をとって歩き始めた。
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