部屋に戻ってきて、お茶を入れようと急須を取って そしてわたしはとつぜんとそのことに気づいたのだ。
もう、なにもなくなってしまった、と。
それは「あ、この壁の染み、人の顔みたいだね。」とか そんなふうにあっさりと、何事もなかったかのように気づいてしまった。 わたしは空っぽだ。何もない。
泣こうとした。 けれど悲しくはなかった。 悲しくなかったので、悲しいことを次々と思い浮かべていった。 そこそこに悲しい気持ちにはなったけれど、涙は出ない。にじみもしない。 目頭は冷めたまま、涙すらも枯れてしまったかのようで。
泣く理由がないことが、いちばん悲しくて。 けれど泣くにしては莫大な悲しさで、涙が出なかった。
吐き出すものもないのだ。
このアパートの部屋を引き払って 新しい生活を始めようとまでは思わないけれど 近所のスーパーで、生野菜でも買って来ようかと のんびりとわたしは思ったのだ。
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